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エッセイ・コラム

壺畑

平尾 富男

 レンタ・カーのナビを頼りに東九州自動車道の国分ICを降りる。国道220号線を錦江湾沿いに南下すると、漣立つ湾の右手に桜島が見え隠れする。鹿児島は初めてではないが、「とうとう此処まで来たんだなぁ」と気分が高揚してくる。
 桜島は、今年になって既に600回を超える噴火が起こっているらしいが、頂上付近は黒々とした雲で覆われていて、たとえ噴火活動があったとしても噴煙は見えないだろう。
 桜島に車を乗り入れる前に腹ごしらえが必要だと、助手席の友人が既に予約してくれていたレストランに立ち寄ることにする。友人の指示に従い、県道を離れ、車のナビに従って曲がりくねった田舎道を上って行くと、その店の看板と駐車場が現れた。観光バスも1台駐車してある。
「坂元醸造所」の名前に違和感を覚えながら、建物の小さな入り口から階段を降りていくと「くろず情報館」という看板に出会う。直進してその建物の裏口を出て20メートル歩くとお目当てのレストランがあった。その名も「くろずレストラン『壺畑』」という。騙された気分で天井の高い明るい店内の席に案内されると、思わず目を見張ってしまう。
 店内の正面は全面ガラス張りになっていて、桜島が錦江湾に浮かんでいるのが見える。それだけではない。ガラス面の直ぐ外には無数の壺が整然と並んでいるのだ。店員に説明を受けると、創業200年を誇る黒酢の醸造所がこの店の本家で、現在5万本以上の黒酢が壺の中で熟成されているという。ここではその壺をあたかも桜島大根と見立てているかのように壺の畑、「壺畑」と称しているのだ。
 この辺りは霧島市福山というところで、水質の良さと温暖な気候に恵まれ、黒酢造りは昔から盛んに行われていたという。それにしても坂元醸造所の桜島を背景にした壺の「畑」は圧巻である。「畑」と呼ばれるのは、黒酢の醸造が工場や蔵の中で行われるのでなく、まさに野天に並べられた薩摩焼の壺の中だけでじっくり時間を掛けて造られるという独特の製法なのが本当の由縁なのだ。
 数年前から営業しているレストランでは、黒酢をたっぷりと取り入れたヘルシーで美味しい中華風料理の数々を堪能させてくれる。帰途、先程の「くろず情報館」に立ち寄ると、お土産用に壜詰めされた黒酢の他、黒酢醤油、キャンデー、煎餅等々、「畑」の恵みを使った製品が並べられていた。巨大な壺は無理だが、留守宅への手土産を確保せざるを得まい。
 この日は桜島に渡り散策をしてから島の反対側に回って、フェリーで車ごと対岸の鹿児島港に渡る。そして、市内のホテルに車を置いて、薩摩焼酎と黒豚のしゃぶしゃぶで疲れを癒すことになっている。鹿児島市内での夜が楽しみだった。

(2012.06.28記)

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