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エッセイ・コラム

原発政策のパブリックコメントに寄せて

池田 隆

 政府の国家戦略会議が福島原発事故を受けて、新たな長期エネルギー政策を立案するにために「『エネルギー・環境に関する選択肢』に関する御意見の募集(パブリックコメント、略称パブコメ)」と題し、一般国民の意見を広く募集中(https://form.cao.go.jp/aec/opinion-0027.html、締切り;2012/8/12)である。
 ここで示された選択肢は2030年時点において原発比率をゼロにする原発ゼロシナリオ、15%にする原発15シナリオ、20%より25%にする原発20-25シナリオの三つである。
 私は少年期に長崎で被爆し、体験した原子爆弾の威力を平和利用に転ずることを夢見て原子力メーカーに身を投じ、原子力タービンの研究開発・設計・製作に35年間専念した。福島や柏崎、女川などのタービンの最高技術責任者の任にも就いていた。
 その間に原子力・火力・地熱など多くのタービンの故障や事故の対策・対応に携わり、人間の予知能力の不足、科学技術の限界、原子力関係者(いわゆる原子力村)の欺瞞に満ちた雰囲気、などに心を悩ますことが多かった。
 その経験から会社退職後の数年間は大学で自然エネルギーなどの活用を目指した分散型小容量発電の高効率化研究を行い、後進の指導にも当った。
 しかし気掛りであった。一度使用を誤れば国家や国民全体に致命的なダメージを与えかねない原子力は決して絶対安全ではないことに社会の多くが気づいていない。その不安は多くの孫に恵まれ、彼らの成人後の未来に思いを馳せる度に一層増大した。
 一生を原子力と深く関わった者の最後の役割として、国の原子力政策をローリングする原子力委員会に昨年一月に脱原発を提唱する意見を送った。そこでの審議が始まる前の矢先、三月に福島原発が過酷事故を起こすに至った。悔しく、やるせなく、空しい思いの日々となった。
 今回のパブコメも今までの一般意見聴取のように単なる反対意見のガス抜きか、既定路線決定への名目的な一行事かも知れない。それでも居た堪れなく自分の見解を改めてまとめ直し、つぎのような意見と理由書を内閣府にメールした。

(意見の概要)
 原発ゼロシナリオの選択肢に賛同する。しかも2030年まで時間をかけて原発ゼロを達成するのでなく、再稼働した大飯3号、4号を停止し、他の全ての原発の再稼働を今後行わず、原発ゼロを即日実現すべきである。

(意見と理由)
1 原発ゼロシナリオに賛同。理由を記す。
【未来世代に対しての道義】
 原発などから放出・漏洩する放射能物質は環境を半永久的に汚染する。使用済核燃料の恒久的保管法は見通しも立たない。
 核燃料サイクル構築の失敗で、使用済核燃料を再処理してもさらに危険なプルトニウムが溜り続け、核兵器転用の心配も出てくる
 かかる重要問題を解決の見通しもなく後世に委ねるのは無責任極まりなく、道義的に許されない。
【不可避な原子力の過酷事態】
 原子力に特有な放射能と巨大エネルギーは原発過酷事故や核兵器の使用によって国民全体・国家の存続自体を危うくする。故に原子力による過酷事態は地球上で数万年に一回程度の許容(発生)確率以下に抑える要がある。しかしこの半世紀強に数回の過酷事態を経験し、原子力ゼロにしない限り許容確率以下には出来ない事を知った。
【認識すべき科学の限界】
 科学の力で原子力の過酷事態を極微少の許容確率以下に抑えるのは無理である。科学は事象の平均値について正しい相関性を与えるが、事故のようにゆらぎやばらつきが大きな問題となる事象には限界を示す。まして再現性がなく、数値化できない人為的事故には無力である。
【安全に対する人間の高い直観力】
 身の安全に対する人間の動物的直観力は科学的分別に勝ることが多い。過半の国民が原子力に対し危険と感じる直観はいかなる理屈よりも尊重すべきである。
【不可欠ではない電気】
 19世紀までは電気なしで人類は生存発展してきた。電気は人類の生存にとって水や空気のように不可欠ではない。まして現在の電気使用量を十数年前のレベル、すなわち30%程度減らしても、昨今の省エネ技術や自然エネルギー技術の進歩普及によって電気の利便性は維持され、国民生活に深刻な問題を与えることはない。

2 原発ゼロを即日実現すべき。理由を記す。
【稼働期間限定、稼働台数限定でも危険】
 原発の稼働台数と稼働期間を限定しても、事故は許容確率以下にはならない。その間も危険な使用済核燃料などが増大する。
【地震・津波の危険地帯にある日本列島】
 過酷事故の最大要因の一つである地震や津波に関し、日本列島は地球上で最も危険地域にある。その大きさも過去の記録以上になる可能性を否定できない。
【過酷事故の多様な直接要因】
 地震・津波以外にも事故要因は多様である。怠慢・無知による不作為、誤操作、設計・指示ミス、作為的行為、技術的未知、機器・計器の誤作動、複合原因・連鎖反応に対する人間の予知能力の限界、等々。とくに核関連施設への意図的攻撃については無防備に近い。
【未了の福島原発事故の原因究明・人災対策】
 政府事故調は放射能汚染が激しい現場の検証や模擬再現試験が進まず、技術的原因究明は推測の域を出ず、今後に委ねている。
 国会事故調が根源的原因とした人災についても、具体的対策は殆ど終わっていない。かかる段階で再稼働を決めた政府の姿勢は根源的原因である人災が全く解決されていない何よりの証である。

3 他シナリオ(原発継続案)の論拠への反論
【経済への影響】
 電力不足による国内経済への影響、火力用燃料費の増大による電力価格の上昇、国際競争力の低下、原発輸出への支障など、経済への影響が原発継続の論拠とされるが、シェールガスなどの好材料もあり、影響が及ぶのは数年の短期である。原発の長期継続の理由とはならない。
 そもそも経済と引換えに国民全体の安全・安心を犠牲にはできない。
【CO2増大による地球温暖化】
 CO2問題の解決法にはエネルギーの有効活用や総量規制など、原子力以外の有効な手段が多々ある。しかも一気に過酷状態に陥る性質でなく、地道に対策を打つ時間がある。
【エネルギー源の多様化】
 エネルギー源の安定化のために原子力による燃料の多様化が有効という人もいるが、むしろ自然エネルギーによる多様化で国産率を上げ、安定化する方が中長期的には有効である。
【自然エネルギーの規模・欠点】
 自然エネルギーは不安定でエネルギー密度が低く、規模として原子力の代替になりえないとの指摘があるが、多種多数の小規模電源の方が単種少数の大容量電源よりシステムとして安定であり、用地確保も容易である。
【身体的弱者への支障】
 停電による身体的弱者への支障などは電力使用者の優先制の導入によって容易に解決できる。
【周辺諸国での原発推進に逆行】
 日本が脱原発国家として世界の模範になるべきである。
【日本の原発技術力低下】
 原発推進の技術は国内脱原発・原発輸出禁止によって不必要となる。今後は廃炉技術の推進に傾注すべきである。
【科学技術力と組織改革で問題解決】
 一定の改善は可能だが、前述の理由で事故を許容確率以下にはできない。
【過酷事故に至らなかった福島第二や女川】
 冷静・適切な運転操作や危機一髪の幸運により過酷事故に至らなかったが、異常事態発生時に必ずしもそれを前提とし、期待することはできない。
【原子力は国防上の潜在的力】
 プルトニウム保有を核武装へ向けた潜在力と考えるのは核兵器の保有競争時代の陳腐な考えである。むしろ国内の原子力関連施設はテロや敵国の標的となって国防上の弱点となる。
【放射能被害の過大評価】
 福島原発事故で死者は出ていない。放射能被害を過大に恐れているという人もいるが、これは不幸中の幸いで、偶然にも多大の高線量被爆による死傷者が出なかったに過ぎない。
 福島原発が日本列島の東端に位置し、事故発生時期は概ね西風が吹いたこと、二号機の格納容器で大爆発に至る前に意図しない小破裂が発生するなど、幸運が重なった。
 低線量被爆による影響は内部被爆の影響が大きく、遅発性で現段階の評価はできない。
【脱原発運動は感情論】
 論理的に追い詰められた原発推進論者の捨て台詞に過ぎない。

4、即日原発ゼロの当面の実行策
自然エネルギーや省エネの諸施策に合わせ、火力発電と次のピーク電力対策で当面の電力需要に対応する。
【ピーク電力の対策】
緊急用ガスタービン発電設備の建設
電力使用者の優先制導入
スマートメーターの普及
電力単価と電力需要の連動
畜電池の多用化
広域電力網への改造
原子力用揚水発電所の一般転用

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