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エッセイ・コラム

旅日記 ―「ワイントン」とは ―

野瀬 隆平

 甲州の温泉に行くと言ったら、日本中を旅しているTさんから、甲府の湯村温泉に常盤ホテルという良い宿があるから是非泊まれと奨められた。

 甲府駅から乗ったバスは、およそ20分でホテルのすぐ前の停留所に着いた。玄関を入ると、驚くほど広いロビーが目に飛び込んでくる。正面が全面ガラス張りで、広大な庭を望むことが出来る。街中のバス通りからは想像もつかない別世界である。
 今回は、少々奮発して離れの部屋に泊まることにした。皇族方も宿泊されるという一角である。さすがに天皇がお泊りになる特別の離れ家には泊めてもらえないが、贅沢さを十分満喫できそうな部屋に案内された。

 食事は部屋で供される。そこで気が付いたのは、客が出入りする玄関とは別に勝手口があり、料理はそこから水屋を通して部屋に運ばれてくることだ。
 卓上に置かれた「おしながき」をじっくりと眺めると、前菜から最後の水菓子までずらりと十数の料理が並んでいる。その中で目に留まったのが、カタカナで書かれた料理だ。温物として「ワイントン温泉蒸し」梅肉ソースとある。給仕の女性によると、名産であるワインを飲ませて特別に飼育した豚の料理だという。なるほど、ワインを飲んだトンでワイントンか。

 甲府まで行くのだから、勝沼あたりのワイナリーも訪ねてみたいと思った。出かける前、山梨出身のSさんに、どこか見学できるような所はないだろうかと尋ねたところ、それならば自分の親戚が経営している葡萄園がある、よかったら寄ってゆけと言われた。

 帰路、勝沼ぶどう郷で途中下車し、駅まで車で迎えに来て下さったSさんの従姉が経営する葡萄園や勝沼一帯を案内していただいた。彼女にホテルで食べたワイントンの話をしたら、ワインを飲ませるのではなく、葡萄酒を作るときにできた絞り滓を豚に食べさせるのだという。さすがに、高価なワインを飲ませることはないようだ。

 二人の親友のお蔭で、充実した旅を楽しむことができた。

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