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エッセイ・コラム

不良老年の溜息

西川 武彦

 下重暁子さんの「不良老年のすすめ」(集英社文庫)を読んだ。下重さんには、来春早々、企業OBペンクラブでの講演を快諾して頂いている。NHKアナウンサーとして活躍後、文筆活動で著書多数、日本ペンクラブ副会長、日本旅行作家クラブの会長を務めておられる。味わいがあるエッセイをいくつか読んではいたが、著書を読んではいなかった。
 で、アマゾンで探ると、この本が目に飛びこんできた。当クラブの編著で、「不良老人たちの溜息」(青蛙房)という本がある。サラリーマンを卒業した自称不良老人たちの喜怒哀楽が、川柳と小話で綴られている。それが伏線となって購入意欲をそそられたのだろう。
 さては、下重さんも不良老人……? わくわくしながらページを捲り、「ウムウム」と納得しながら、実に気持ちよく読み終えることができた。

 黒地の表紙カバーには、タイトルが赤ヌキ、著者名が白ヌキで、クラーク・ゲーブルの渋い写真が添えてある。題名に相応しく不良老年らしい装丁だ。多分還暦を大分過ぎてから書かれたエッセイ集のようである。作者にお会いしたことはないが、お人柄、容姿、身嗜み、生き方などが、すうっと目に浮かんでくる感じだ。魅力的な不良老年女性に違いあるまい。老人、主人、家内といった言葉には否定的のようで、その意味で、「不良老人」でなく、「不良老年」なのだろうか。老年こそ、若いときに憧れたことに挑戦し、個性を発揮しよう、たがを外して自由にはばたこう、まわりの目を気にしていい人になる必要はない、死ぬまで粋で格好よく、心意気で生きたい……、といった序文に始まり、不良老年の衣食住、遊び、お洒落、恋、死に方等々を18条に分けて綴っている。我が意を得たり。男も女も、いい人より不良っぽい方がかっこいいというのは同感である。

 身嗜み、お洒落について昨今の世相を大分嘆いておられるが、筆者もまったく同じ思いだ。海外渡航が自由化された1960年代には、それと分かるジャパニーズ・ファッションで、世界を観光し買い物に走った日本人も、高度成長の頃は、年々老若男女の一般の皆さんの服装が上等になり、身嗜みも向上していた。体格が飛躍的によくなり、足が長く、小顔になったことも幸いしたのだろう。
 ところが、バブルが弾けて、飽和飽食の中、経済が停滞、社会が退廃し始めると、比例して身嗜み・お洒落も程度が下がった感じだ。言動に張りがなくなった。ぼけっとして、でれっとしている。人のことなどお構いなしだ。今頃の若者は、何かが流行ると、己の容姿に合うかどうかにかかわらず追従する。長靴ルック、黒いタイツの上に短パン、その上に透きとおるような布地のひらひらのスカート?靴の踵は10センチもある。だぶだぶズボンの男性も情けない、世も末である……。「不良老年のすすめ」が転じて、「不良老年の溜息」が止まらなくなったので、この辺でやめます。

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