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エッセイ・コラム

コアラの話

濱田 優(ゆたか)

 モコモコして愛くるしいコアラ。人懐っこい癒し系のイメージから争いはしないと思い込んでいたところ、意外にドスの利いた叫び声を上げ、取っ組み合いの喧嘩をする動物と知って驚いた。

 日曜日、NHK総合テレビ午後7時のニュースの後、大河ドラマが始まるまでの半時間放映される「ダーウィンが来た!」をときどき観る。ゴールデンタイムのど真ん中にこんな科学番組を挟むなんて、さすがはNHK。もっとも、私は、教養はさておき、ドラマ仕立ての番組を一喜一憂しながら楽しんでいる。「やせがえる負けるな一茶これにあり」の心持で。

 先日の番組は、オーストラリア東部の都市ブリスベンの宅地化で減った森に住む、コアラの生態を追って興味深かった。
 コアラはひねもすユーカリの木に抱きついて寝たり休んだりして暮らしている。まるでナマケモノ。いや、コアラにはそうせざるを得ない特別の事情があるのだ。
 常食のユーカリの葉は、繊維質で固く多量の油分やタンニンがあって消化しにくいうえ、聞くだに恐ろしい青酸毒を含んでいる。他の動物が食べないこの葉を、コアラは体長の3倍、2メートルもある長い盲腸内の微生物で発酵分解し、消化吸収することで適応食にした。結果、ユーカリを独り占めできたのはいいが、この食べ物は栄養が乏しく消化に時間が掛かり、少しずつしかエネルギーを補給できない。それで体力を温存するために普段は声も立てずにじっとしているのだ。

 ところで、環境に過適応したコアラは、他の動物との生存競争から解放された代わりに、ユーカリの木がないと生きていけなくなり、環境変化への対応力を失った。ユーカリの森は開発の波に侵蝕され、野生のコアラの生息数は急速に減っている。
 特殊な環境の下での進化のあまり、そこを離れた所での競争力が退化して存続の危機に陥る。他人ごとではない。これはガラパゴス化した日本のすべてに通じる話ではないか。

 話をもどして――。動きが不活発なコアラも春になり恋の季節を迎えると、オスは縄張りとメスをめぐって温存していた力を振り絞って戦う。勝ち残った者が晴れてペアになり、やがて赤ちゃんが生まれる。
 胎盤のない有袋類のコアラの赤ちゃんは、生時体長約2センチ、体重1グラムに満たない小さな体。半年ほど母親の袋の中で育ち、体長20センチ、体重1キロくらいになると外に出て、さらに半年母親に背負われて過ごす。
 注目すべきは袋を出る前に食べる特製の離乳食「ハップ」だ。母親がユ-カリの葉を半分消化したもので、子供はこれを食べて育つとともに、ユーカリの葉を無毒化し消化する微生物を受けつぐ。造化の妙を実感できる場面だ。

 コアラは成熟するのに2、3年要し、成体は体長70センチ、体重10キロほどになる。人間なら一歳になりたての赤ちゃんくらいの大きさ、抱けばかなり持ち重りしよう。
 メスは成熟するとすぐ繁殖活動をはじめるが、オスは通常は縄張りを持つまでは繁殖に参加できず、さらに2、3年経って繁殖するようになるという。オスには厳しいコアラの渡世だ。

 番組は、ブリスベンの近隣の森に縄張りを持つオスたちのボス、トップくんとスタッフが名付けたコアラに焦点を当て世代間の攻防を追跡した。
 ある日、コアラの若造が新天地を求めてトップくんの縄張りにやって来た。樹上のトップくんは激しく威嚇して追払おうするが、若造も簡単には引き下がらない。どうなることかと固唾をのんで見ていると、睨みあいの末、若造が樹に登り果敢にトップくんに挑む。が、敢え無く撃退されてスゴスゴと引き下がった。
 縄張りを持たないコアラは、食べ物も安心して寝る場所も確保するのが容易でなく、平地を歩けば敵が多いので生きていくのは大変だ。ことに都市化が進んだブリスベンでは、車にはねられたり犬に噛みつかれたりして命を落とす例が後を絶たないという。
 件の若造はそんな厳しい環境に耐えながら縄張りを求め、歩き、走り、そして泳いで新しい土地を探し回った。が、適当な場所が見つからず、彼は4ケ月後になんとトップくんに再び挑戦状を突きつけたのだ。そしてユーカリの樹上で組んず解れつの激しい決闘を繰り広げ、今度は若造が勝利し、待望の縄張りを奪取した。

 世代交代は自然の摂理、種族繁栄ためにはこれでいいのだ、と納得しかけた。
 だが、テレビはご丁寧に負けて樹を降りたトップくんの姿を追い、彼が肩を落としてさまようシーン映し出す。それを見ると身につまされて考えが揺れた。これから彼はどうやって生きていくのだろう。若いコアラでも探し出せなかった新天地を落ち目の彼が見つけるのは難しかろう。今の彼は孤独で蓄えも年金もない。この冬の寒さは一入骨身にしみよう。コアラー難儀なこっちゃ。
 野生のコアラの寿命はせいぜい十数年、オスはメスより数年短い、と聞く。
 さもありなん、と頷けるデーターである。

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