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エッセイ・コラム

「ユッケビビンバ万歳」

浜口 須美子

「母さん、家族イベントの食事会、いつもの焼肉屋を予約しておいてな」
 東京に就職した息子が連休で帰ってくる。帰阪途中の新幹線の中から電話してきたのだ。大阪に帰って来ては、サッカーの試合、飲み会と超過密スケジュールをこなす。そして一日は家族イベントと称して予定を空けている。行く店は彼が小学校まで暮らした町の焼肉屋である。彼にとって、毎回注文する「ユッケビビンバ」には大きな思い出があるのだ。
 実は息子が小学校6年の時に、その当時住んでいた堺市で食中毒事件が発生した。ちょうど全日本の読売小学生サッカーの予選が行われており、彼のチームは大阪府300チームの代表をかけて毎週試合に明け暮れていた。食中毒の堺のチームということで、相手チームも神経質になっているのが感じられた。結果、読売ランドに行く権利は、その一歩手前で逃し、大阪府の準優勝に終わった。予選中の予期しなかった食中毒事件は、子供達の士気に微妙に影響したのではないか。検便の結果を常に持参していく試合。できることなら試合に集中させてあげたかった。
 大阪代表は逃したが、その残念会として近所の焼肉屋に家族で行った。息子は「ユッケビビンバ!」と大きな声で注文した。「食中毒事件があったから、今は生のものは子供にはアカンねん」と言う親の言葉は、彼のサッカーの試合に対する残念さをも呼び起こし、焼肉屋で号泣!「今度来た時に食べようね」と慰めた。
 それ以来「ユッケビビンバ」を食べに行く事が家族のイベントになった。「読売ランドに行けなくて残念だったね」と言っていたのが、あれから十数年たつと「大阪準優勝はすごいよね」という言葉に代わってきた。意識は代わっても、でも息子の注文は毎回、ユッケビビンバ。
 悔しい記憶がおいしい記憶に塗り替えられて、今では家族全員のおいしい幸せの場面として記憶に残っていくことを実感している。
 ユッケビビンバ万歳!

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