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エッセイ・コラム

いつものようにマイウェイ:

西川 武彦

 評判になっているフランス映画『最後のマイ・ウエイ』を観た。
 シナトラの名曲『マイ・ウエイ』を作曲したクロード・フランソワの一生を描いた映画だ。1939年、スエズ運河運行の事業を営む裕福な実業家の嫡男として生れるが、一家は第二次中東戦争で追われ、モナコに移り住む。
 クロードは、父親との軋轢を振り切って、楽団のドラマーを振り出しに、歌手になる。自ら作曲、演出、プロデユースもする多才ぶりを発揮して、1960年代から70年代にフランスのスーパースターとして大活躍した。
 多才、傲慢で嫉妬深く、神経質。数多くの派手な女性遍歴を織り込んで、39年の短いが強烈な一生を再現した映画だ。

 彼が最後に作った“Comme D’habitude”(いつものように)もヒットするが、歌詞は、パリに住む男女の一緒の生活が完全にマンネリ化した暗くやるせない一日を語るもの。これがなぜか大西洋を渡って、アメリカで“My Way”となって超ヒットした。
 筆者のヴォーカルカルテット『ダンデイフォー』は、2004年、パリ公演でこの曲を歌った。舞台では、曲の裏話をしたあと、最後の部分、「…そして演技をしながら抱き合うだろうな、いつものように」は、フランス語の歌詞に替え、英語で“I did it My Way!” と歌い上げて大喝采を頂いた。
 なんと、映画では、クロードも、人生の最後の舞台で同じように歌っていた。もっとも彼は英語のあと、今一度フランス語で“Comme D’habitude”と〆ている。

 さて、当クラブの男性会員は、殆どが元サラリーマン。現役時代は、残業・付き合い・接待・出張・単身赴任、etc.で、家族との会話・行動が極めて少なかった。卒業するや、連れ合いと一緒に過ごす時間が急に増える。夫々、長年の「独り身」で、日常生活について「好み」と「システム」を持っている。マイ・ウエイである。フラストレーションが溜まる。それらはときに、喜劇的・悲劇的な展開になりかねない。
 どうしたらよいか。必ずしも上手くいっている訳ではないが、筆者の場合、「つかずはなれず、相手のスタイルを尊重する(ふりをする)、一人での過ごし方をもつ、それとなくそのように仕組む」、といったところでしょうか。夫々、いくつかの活動で連日のように出歩く、お互いに用件がなにか詳しくは知らない。筆者の場合、ときには「小説の取材」と称して、終日消えたり…。 それが、高齢者夫妻の『マイ・ウエイ』であり、“Comme D’habitude”(いつものように)になっているようである。

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