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エッセイ・コラム

夜の訪問者

西田 昭良

 夏の盛り、夜景が深さを増すころ、いつものように或る夫婦が訪れる。もう数年来の知己である。今では懇意を通り越し、深い愛情を覚えるようになった。
「あーら、いらっしゃい」
 妻の声に途中である箸を置き、急いで駆けつけると、漆黒の夜景をバックにつやつやした二人の姿が目に入る。僕も昔は彼らのように若々しく元気だった。
 小さな、楓のような手足をピッタリと網戸に吸いつけ、垂直の舞台を所狭しと駆け廻るヤモリの夫婦。窓の下の茗荷畑にでも棲んでいるのだろうか。
 夜景をバックに内側から眺めているので、背中の色は定かではない(たぶん茶色だろう)が、ふくよかなお腹は透き通るように白い。指で撫でてもご本人は少しも気づかない。去年と同じ夫婦なのか、或いはその子供たちなのか。
 長い尻尾を妖艶に動かし、時おり相手を挑発するような仕草をする方がメス(いやオス?)なのか、少し小さいが、浅黒く、あまり物おじしないようなのがオス(いやメス?)なのか。
 最初、ヤモリ夫婦は台所の灯に魅かれて涼みにやってくるのだろうと思っていたが、そうではなかった。夜陰にこぼれる光を求めて群がる小さな虫たちが目的だった。つまり夕餉のご馳走。
 舞台は一見涼しげで盆踊りか村の神楽舞台のように優雅だか、そこで展開される演目は、アフリカのサバンナを彷彿させる弱肉強食の狩猟劇。
 音もなく獲物の背後(下)からそっと近づく。あ、また逃げられた。それでも諦めず、次の獲物をジッと待つ。あ、今度は見事に成功。蛾のような大物になると、ゴクリと喉元を通り胃に収まるまでの過程がよく透けて見える。老夫婦は、自分たちの夕餉もそっち退けにして、夜毎、見事な競演にしばらく見とれるのだった。
 見入る私の脳裏に、ふと或る危惧が横切った。それは、夏とともに数を増し、時には台所の中にまで侵入してきて女房を驚かすアリやダンゴ虫、それを退治するために時おり撒く殺虫剤のこと。むろん屋外に散布するのだが、もしやそれがヤモリの餌となる虫を殺したり、ヤモリ自身の健康にも大きな害を及ぼしているのではないか。そう気がつくと、居ても立っても居られなかったが、もう後の祭り。翌日からは散布中止を心に決めた。少しくらいアリが侵入してきても我慢しろ、と女房説得に努めるのである。
 目先ばかりにかまけて、人間の驕りと鈍感さが小さな動植物に危害を与え、ひいては自然環境の破壊に繋がることに気がつかない愚かさよ。夜の訪問者は秘かに僕にそれを教えてくれているのに違いない。

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