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エッセイ・コラム

私の釣魚大全

山縣 正靖

 神代のみぎり、海彦、山彦という兄弟の神様がおられた。海彦は釣人のご先祖であらせられる。小生はその末裔とみえて、子供のころから水があれば魚が釣れるかと覗き込むというはまりようであった。

 釣人の世界にも釣文学があり、釣りの旧約聖書といわれているのが『釣魚大全』、作者はアイザック ウォルトンという英国の小貴族である。
 時はクロムウェル革命が吹き荒れた十七世紀、旧国王派と熾烈な政争が繰り広げられた時代である。ウォルトンは旧国王派なので危うい橋を渡る羽目となり、つくづく政争に嫌気がさしてエイボンの田園に遁世した。
 エイボンの一帯には川、湖、沼が点在する。そこで鯉、フナ、うぐい、ハヤ、うなぎ、などの釣りを研究し、釣芸を極めるうらやましい日々を送っていたところ、若い釣り人がウォルトンを慕ってやってくる。魚ごとの釣り方、釣り場、餌の作り方を教えてあげる。小麦粉を練ってだんご餌を作る時、樟脳の粉を入れると魚が寄ってくるよ、など、など。
 釣った魚を近くの小料理屋のお上さんに調理させて、若い弟子と詩歌、ソネットを詠み、酒を酌み交わしたらしい。シェークスピアも同時代の人で、イギリスのカントリー・ジェントルマンは皆さんなかなかの文人であったようだ。
 このような日々を纏めて出版したのが釣魚大全である。

 それでは釣の新約聖書は? ヘミングウェイの『老人と海』、開高健の『オーパ!』、などあるが戦後間もなく「やれ嬉しや、これで自由に釣ができる」と創刊された雑誌『つり人』は編集子が釣魚大全を信奉していたとみえてなかなかよろしい。「17文字の釣り人生」などというコラムもある。

 さてかく申す私、この歳になって昔の友も動けなくなり、ひとりで近くの多摩川水系でもっぱら川釣りにはまることになった。多摩川もきれいになって、奥多摩ではヤマメが、初夏には鮎が上ってくる。中流にはヤマベ、ハヤ、うぐい、強力の鯉など、エイボンで釣れる魚はだいたい揃っていることを発見した。広い川原を歩いていると近くの藪から雉がとびだしてきて驚かされたり、春先にはカルガモのお母さんが7,8羽のコガモを引き連れてパン餌をねだりにやって来る。
 春も間近、またカモに会えるかなと、釣道具を引っ張り出して、手入れをしているこのごろである。

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