作品の閲覧

エッセイ・コラム

牛追い祭り

西田 昭良

 丸々と肥えた、元気な牛が数頭、風を切って疾走している。背景をボカし、牛の群だけに焦点を合わせながら撮った一枚の写真。躍動感に溢れ、実に素晴らしい。
 目を奪ったのは、2011年9月4日の某新聞の片隅に載ったもの。一瞬、どこかの国の〝牛追い祭り〟か、と思った。しかし外国の風景とは違うし、追いかけたり、追いかけられたりする民衆の沸騰した姿も見当たらない。それもその筈、そこは福島県浪江町の幾世橋小学校の校庭であった。バックには生徒の影一つ見当たらない白い壁の校舎。
 この度の東日本大震災による原発事故で、極度な危険地域となり、人間は家畜やペットを置き去りにして避難してしまい、蛻の殻になった地区である。知名度は一挙に高まった。
 家畜やペットは往古から人間と共に生活をし、特に牛馬は自らの命をも犠牲にして、食物連鎖の頂点に立つ人間様を支えてきた。彼らの支え無しには人間は一日も生きてはいけない。地球が存続する限りそれは続くだろう。
 その牛馬たちも、原発事故で被爆した。人間は避難出来たが彼らには出来ない。数日間の餌を与えられたまま放置された。彼らの命はいったいどうなるのか。悲しいかな、いずれは殺処分されるか、或いは餌が無くなって餓死するかのどちらかだろう。
 僕はいつの間にか写真の牛たちに向かって叫んでいた。
 今、君らは自由だ。自由なのは今だけだ。さあ君たちよ、強い麒麟になれ、麒麟になって千里を走れ。走って走って、人間の手の届かない自由な世界、天まで走れ!

 あれから三年後、2014年3月に載った写真は、殺処分された牛馬たちがクレーンに吊るされながら、大きな穴に埋められてゆく光景。
 記事には、「今までの安楽殺処分=1,600余頭。高線量のまま放牧中=600余頭(研究用)。その後、資金困難のため中止、殺処分の予定」とある。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧