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エッセイ・コラム

根っ子は皆同じ(笑いの中で)

木村 敏美

 ありふれた日常の中での他愛もない冗談に、私達夫婦は思わず笑いころげた。相手の夫婦も、白い歯を見せ笑っている。ふと私は、その相手が日本人ではない事に気づき、不思議なものを感じた。30年程前、主人の転勤でマレーシアに暫く住んでいた。週に1度、インド人教師夫妻に、家で英語を教えてもらっていた。子供2人も一緒に習い、レッスンの後はいつも談笑していたが、その時に感じた事だ。

 マレーシアに来て3年程過ぎると、夫妻とは家族同士の付き合いもでき、親しくなっていた。教師夫妻は6人家族だったが、私達が家に招待された時、いつも家族全員で歓迎してくれた。初めて知ったインド人の家庭料理や手作りのお菓子は今まで食べた事のない美味しさで、異国の食文化を知らされ、香辛料等も教えてもらった。
 教師夫妻は子供に恵まれず、養子をもらい、夫の父親は大切にされ、晩酌を楽しみ、障害のある妹2人は嫁がずに家事を引き受け、皆で寄り添い協力しあって明るく生きていた。それは昔どこにでもあった日本の大家族と変わらない。国や言葉、肌の色や宗教、食べ物や生活習慣は違っていても、家庭の中に入ると皆愛し合い協力し合って生きている。面白い事には同じ様に笑い、優しい言葉には嬉しく思うのは、どこの国でも同じではなかろうか。花や野菜、草や木も、いろんな種類はあるが、根っ子はさほど変わらない様に。

 初めて踏んだ外地マレーシアでの生活は驚きの連続だった。多民族国家で、マレー人、中国人、インド人は宗教も服装も食べ物も違う。国の中の十数個の州に一人ずつサルタンと呼ばれる国王がいて君臨していた。また、当時生鮮食品の魚や肉、野菜等は市場で売られていたが、生きた鶏が竹篭の中で鳴き、その横には丸裸の姿でぶら下がっている。魚売り場では、飛び交うかけ声の中、大きな丸太を輪切りにした上で、熱帯の魚が四角い中華包丁で解体され、地面の汚れを流すバケツの水はあたりに飛び散り、家に帰ると洋服の着替えとシャワーは欠かせなかった。
 しかし、豊富で新鮮な海鮮の中華料理には、豪快なカニ料理など日本にない絶品の美味しさがあり、激辛のマレー料理やインド料理も慣れると美味しさも分かってくる。現地の人しか行かない屋台や小さな店も、この国ならでの味があった。衛生面で驚く事もあったが熱を通す事で理に適っていた。多民族の食物は、常夏の国に合った様にそれぞれ作られている。3年も過ぎると現地に馴染み、ふと気がつくと外国人である事を忘れ笑い合っていた。

 十年程前、息子夫婦とこのインド人教師一家を訪ねた。父親は他界していたが他は皆元気で、養子の男の子は立派な社会人になっていた。当時と同じ様に手作りのお菓子で歓迎してくれ、現役を退き家庭菜園を楽しみながら「今も日本車を愛用しているよ」と夫妻は微笑んだ。狭い世界しか知らなかった私にとって、あの不思議な体験は貴重であったとつくづく思うのである。

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