作品の閲覧

エッセイ・コラム

想い出はサプライズ

富岡 喜久雄

 今年も三月になり東北大震災・大津波、所謂3.11から4年経って、10日前後は当時を思い出させるTV報道が盛んだった。その後の復興は遅々として進まないようだし、原発の廃炉作業も難航しているらしい。こうした報道も時の流れにつれ、徐々に少なくなってゆくのだろう。それが事態の改善によってならいいが、逆なら薄れては困るものだ。
 人生の思い出は、嫌なものは早く忘れ、楽しい思い出なら残して人生の糧にしろとよく言われる。昨年、被災地を巡ってみて知ったのは、復興の遅れなのか、規制なのかどこも海岸線から小高い丘陵地までの一帯は無人の原野になって、墓地と慰霊碑だけが新しくポツンと目立っていることだった。今年、この地からサプライズ・ノートがやってきた。
 といっても流れてきたわけではない。サプライズ・ノートとは自分史とエンデイング・ノートを合わせたもので、仙台から来た青年のネーミングである。まだ20代前半の歳若い彼は、仏壇、過去帳含め家族の記録が流された老人たちの胸にはぽっかりと穴が開き、空虚感が健康までも蝕んでいる現実をみたという。なんと人の記録とは大事なものかと実感したのだと言う。そこで被災地の老人の失われた過去の記録を復元して元気付けるため、彼らの僅かの写真や記録と聞き語りから、自分史覚悟の書を作り、渡してきたのである。ボランティア仕事である。今や、この仕事も大方片付いたので、この経験を生かして起業したいと考えた。そこで我が街の商工会議所に相談したという。何故なら、良し悪しは別として我が街は、山と川に恵まれた里山が多いせいで、老人施設が多いので有名だったからだそうだ。というわけで商工会議所を通じ支援要請があった。聞いてみると、すでにHPも作ってあり、サンプルも試作品が用意されている。設備資金がいるわけでもなく個人企業として始めれば面倒な手続もいらない。要はマーケッティングだ。そこで市との交渉、官民の老人施設、地域センターへの根回しを段取り、後は本人で売り込みを図れと勧めた。その結果、施設に貼られたチラシで人は集まるが被災地でのように切実感がないからだろう、反応がうすかったと言う。金融商品や不動産、保険のセールスの同類と思われたり、彼が紅顔の若者で、訛らない標準語を話すものだから詐欺まがいの商売かと警戒もされたという。さらに、これをビジネスチャンスにしようと目を付けた大手の出版業者も出てきたりして、前途多難である。人は窮場に至らないと必要を感じないものだし、都会人は疑いぶかいのだということを実感して、彼は郷里に舞い戻ることを考えている。何とか支援の実を挙げさせてやりたいと思案中である。だがその前に先ずは「隗より始めよ」だ。 富士山爆発や東海大津波がいつ起こるか分からない。せいぜい自らの思いを残すべく書こうと身辺整理を始めた。自分でサプライズ・ノートが書ける内に。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧