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エッセイ・コラム

薪御能の見学記

池田 隆

「能は深くて面白い。日本が誇る伝統芸能」との識者の言で、一年ほど前から能楽の基礎知識を学び始め、能楽堂にも何度か足を運んでいる。
その事を知った友人が奈良での薪御能に誘ってくれた。能楽の起源とされる興福寺南大門跡の「般若の芝」で催される薪能である。
芝生に三間四方の敷き舞台が置かれ、正面は再建中の中金堂を向く。橋掛かりや老松の鏡板はなく、地謡座は芝生に置いた円座布団である。
興福寺の御紋入りの長い陣幕が背後を隠す。数本の竹棹を束ねた四隅の柱は上端を紐でつながれ、その所々で御幣と提灯が垂れ、風にそよぐ。正面両脇の斜めの棒の先に、薪灯明の籠が下げてある。正面と左右三方の見所(観客席)の椅子が満席となる。
薄暮に「南大門の儀」が始まる。黒装束に高下駄、荒法師頭巾の衆徒が列をなして入場、先頭者が正面に進み出で、三枚重ねた和紙を芝生の上で踏む。手前の紙が濡れていなければ、その日の野外公演がОKとなる。芝生の上で演じた時代の判定法が「舞台あらため」と称し、今に伝わることに驚く。
裃姿で烏帽子を被った囃子方と地謡方が登場する。小鼓、大鼓役がパッと肩衣を脱ぎ、叩き始めると、いよいよ開演。最初の演目はお馴染みの「羽衣」、シテは観世喜之。地謡の声がよく響く。面をつけたシテの声は聴きづらい。「…天つ御空の霞に紛れて失せにけり」と終る頃には、夜の帳も下りてきた。
松明を掲げて二人の荒法師姿の衆徒が登場し、火入れの儀となり、シーンと静まり返る。続いて狂言「因幡堂」が始まる。新たな嫁を欲しいと因幡堂薬師に頼みに来た男が、大酒飲みの古女房に見つかり、仕返しされる話である。言葉も分り易く会場が笑いに包まれる。
最後の演目は「鵺(ぬえ)」。頼政に殺された鵺の亡霊をシテの金剛永謹が演ずる。旅僧がそれを弔う切能物である。だが作者の世阿弥の真の意図は何だろう、分り難い。夜気で眠気はないのだが、鵺の如く腑に落ちない気分で会場を後にした。

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