作品の閲覧

エッセイ・コラム

原爆投下は「誤訳」が原因か?

平尾 富男

「ポツダム宣言」を原文で読んでみた。正式には【Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender(日本への降伏要求の最終宣言)】である。「宣言」そのものは子供のころから耳にした言葉であるが、全文は英語原文はもとより日本語訳文でも読んだことがなかった。
 昭和20年7月、米国合衆国大統領、英国首相、中華民国主席の名において大日本帝国に対して発されたこの宣言書は、「全日本軍の無条件降伏」を含む全13か条から成っている。この宣言書に対する日本側の声明文の中の英語「誤訳」が原因で、広島・長崎に原爆が落とされる結果になったという話を聞いて興味が湧いたのだ。
 大戦末期、日本の無条件降伏を要求したポツダム宣言に対し、当時の状況を鑑み暫し様子を見てから最終的な結論を出したい日本側の本音は、「静観したい」であり、出された閣議決定は「黙殺(政府はポツダム宣言を公式に報道するものの、その対応について公式な言及をしない)」だった。当時の外務省は、受諾はやむを得ないが未だ交渉の余地はあり、黙っているのが賢明であると考えていた。
 ところが、新聞各社の論評は当時の軍部の意向と国民感情に沿って、「米英の対日降伏条件などは笑止千万」、「聖戦飽くまで完遂」等々と書き立てた。鈴木貫太郎首相による声明は、「政府はこれ(ポツダム宣言)を黙殺し、飽く迄戦争遂行に邁進する」となる。
 この中の日本語「黙殺」が、日本側による英訳【ignore】、つまり「無視する」となってアメリカに伝わった。因みに、この英訳は現在の共同通信、および時事通信の前身である同盟通信社によるものだ(但し、ロイターとAP通信は【reject(拒否)】と訳して報道した)。
 そもそも「黙殺」という言葉は極めて激しい表現であるから、この文脈で使われるべきではなかった。手元の広辞苑によれば「無言のまま取り合わないこと。問題にせず無視すること」とあった。『英和大辞典』を調べると【ignore with contempt(侮蔑を以て無視する)】と出ている。もとよりトルーマンは日本側の拒否は折り込み済みで、宣言の拒否が原子爆弾による核攻撃を正当化すると考えていた。
 ポツダム宣言には、日本がこれを受諾しない場合は「迅速かつ完全な壊滅あるのみ」との予告文章が含まれていて、「完全な壊滅」こそ免れたが原爆投下はその予告の実行だったのだ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧