作品の閲覧

エッセイ・コラム

季節外れの「三春行」

富岡 喜久雄

 福島県三春町は「春のしだれ桜」で名高い。だが九月に行ってきた。事情は当ペンクラブの掌編小説に由来する。出稿した筆者の一文「トレッドミルが止まらない」が幾許かの寄付金集めに役立ち、それを源資に運動具を買い「三春町に疎開していた原発被災地の富岡町小学校」に届けに行ったのだ。愛車で運ぶことにしたが、人も車も高齢のオールド・コンビなので有料道路は一切使わないぶらり旅である。嘗てニュージーランドで外人夫婦がクラッシク・カーでの旅を楽しんでいたのを思い出し、独り悦に入って我が庵を後にした。抑え気味に走るが一般道でも意外と混雑はなく、白河の関を超えればあっという間に郡山である。そこで一泊とした。
 新幹線の駅廻りはどこもそうだが、此処もお洒落な街並みに変貌して東北情緒は少しもない。早めにチェック・インしたホテルで紹介された創作和食の店を探しに街へ繰り出す。目当ての和食レストランは何処かとぶらつけば、ビルの一階にそれを見つけた。見上げると二階に「アジア・レストラン」の赤いネオンが見える。様子だけでも見てみようと階段を登れば、店内は見覚えのある南国風だ。太目のママが原色衣装で迎えてくれた。メニュウーにはアセアン諸国で馴染んだ品々が並び、しかも東京でも手に入り難い現地産ビールの銘柄が揃えてある。ここにもアジアの時代が浸透していたのだ。客の大半は若者だったが、すっかり嬉しくなり腰を据えてしまった。

 翌朝はゆっくり出て、県道、林道をファン・トウ・ドライブ。日本の田舎道はアセアンと違い、何処も舗装されているから4駆でない我が愛車にも優しい。しばし山中を走るが目的の小学校がなかなか見つからない。やっと事務所らしき建物を見つけ道を聞くべく入ると、作業服の胸に技官の名札を付けた若い女性が応対してくれた。県の土木事務所だった。なんと此処でも除染工事が行われているのだ。目的の「富岡町三春小学校」の場所は知らぬと言うが検索して探し、大判の地図をコピーして赤ペンで道順までマークしてくれた。地図の赤線に沿って走ると富岡小学校の標識が見つかった。傾斜地に建つ工場跡らしい学校が道の両脇に並んでいる。体育館風建物の脇に駐車し校舎に入って女性の校長先生に面会する。男性教師に積荷の運び出しと組み立てを命じてくれた。二階が中学校で幼稚園まであり、ここの小学生は十三名だが他にも分散疎開しているのだと言う。施設を回った後、皆が勉強しているところを見学させてもらったとき不覚にも涙腺が緩んでしまった。事前連絡では消耗品は他からの寄付で充分なので体育用具を要求したいと言うから「貰い疲れ」ありかなと感じた。しかし現地で消耗品では寄付者の名前が残らないので名札の付けられる用具にしたのだと聞かされて、自分の曲解を黙して自省であった。
 帰路は爽やかな気分で往路と同じく山中の県道、林道を走る。双葉郡の原発跡を是非見たいと思ったが道順から果たせず、千葉の九十九里浜での防潮対策を見て一路家路へ。
 往復750キロを有料道路使わずに走破して、車も旅もクラシックが好いと思えた旅だった。

 筆者の掌編小説勉強会への参加動機は、もとより出版を期待したものではない。しかし今回の「三春行」の基となった経緯は一種の出版体験とも言えるだろう。収支無視の出版、季節外れの旅だったが、二つの収穫を得た。僅かな拙文でも役に立つことがあると言う事実、それとフィクションでも現場取材のない思い込みは避けるべきだと言うことを実感したことである。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧