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エッセイ・コラム

永青文庫「春画展」を見て

池田 隆

 旧細川邸にある永青文庫で開催中の春画展に一人で出掛けた。大英博物館で好評を博した特別展の里帰りである。平日の午前中だが個人やグループの老若男女で賑っている。年配夫婦や和服姿の婦人方も目立つ。会場に入ると、時代順に並んだ展示物の前を列が行儀良くゆっくりと進む。
 まず鎌倉時代の「小柴垣草紙」という大判の肉筆大和絵にビックリポン。斎宮となる姫君が御殿の縁先で随身武者に女陰を見せる図に始まり、御簾内での交合に至る一連の情事を描いた絵画が並ぶ。
 これらの春画技法は狩野派の絵師により後世に伝承され、将軍や大名家向けに金銀切箔の屏風や絵巻物が多数作られた。それらの豪華な作品の展示が続く。上流階級の嫁入り用品や子孫繁栄の縁起物だったと説明文にあるが、日常の夜の営みや接待用にも役立てたに違いない。
 庶民にまで春画が広く普及した江戸期の展示室へ。多種多様、多彩な版画が陳列されている。つい関心は男女の体位や誇大な陰部に向くが、どの絵も大差なく画一的でやがて飽きてくる。
 むしろ情事中の男女の顔つきが興味深い。様々な異なるシーンに合わせ、表情豊かに描かれている。その中でも嬉しそうな優しい目をした女が多いことに気づく。滑稽や風刺に富んだ作品の前では吹き出したくなるが、周りの真剣な顔つきを見て口を押える。
 春画を堪能した後、会場隣の新江戸川公園のベンチで思索に耽る。浮世絵の主役は風景画や役者絵でなく、正しく春画である。北斎も伝統の局部ズーム技法を適用し、「富嶽三十六景」を描いたのだ。絵師、彫師、刷師といった分業工法や近代的なレンタル商法も浮世絵から生れている。
 吾々が若い頃に海外から隠して持ち帰ったポルノ冊子で外国語の読解力を磨いたように、春画の詞章が江戸期庶民の識字率を高め、それが文明開化時には大きな国力となった。現代のインターネットでも当初の普及にアダルト動画が非常に貢献した。わが国が世界に誇る大衆文化の源が春画なのだ。

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