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エッセイ・コラム

昭和の居酒屋

浜田 道雄

 一月末の寒いある平日の午後、休日出勤の代休だという息子と墓参りに行った帰り、「父さんが好きになりそうな居酒屋がある」というので、王子まで足を伸ばした。
 のれんを分けて入ると、朝から開いているというのに客はひとりもいない。
 亭主らしきおっさんに「二人ですが?」と声をかけると、ひどく無愛想な顔で、
「開店は四時半からなんだけど・・・」
 時計を見ると、たしかにまだ四時二十分過ぎ。
「じゃ、一回りしてきます」と、店を出た。

 駅の周りをしばらくぶらついて、「もうよかろう」と店への路に戻る。一方通行の狭い路だが、車道まで人でいっぱいだ。ほとんどが三、四人連れの老人たち。ゾロゾロと同じ方へ向かっている。近くで老人クラブの集まりでもあったのかなどと思いつつ流れにのって歩いているうち、ふと嫌な予感がした。
「この連中・・・ あの店に行くんじゃなかろうか?」
 すぐに、老人たちは私たちの行こうとする方に曲った。そして案の定、先ほど私たちが跳ね上げた縄のれんをくぐって、続々と店に入っていく。やれ、やれ!
 私たちも慌ててあとを追いかけた。はやく席を取らにゃ、いっぱいになっちまう!

 入口近くのテーブルに座って店内を見渡す。なんの変哲もない長い木のテーブルが十ばかり並んでいて、その周りを七、八脚づつの丸椅子が囲む。真ん中の居心地のよさそうなあたりは、すでにくだんの老人たちが占領していて、グラス片手に大声でわめきあっている。かしましい。
 蛍光灯が貼りついた高い天井はだいぶ年代物。漆喰塗りのままで少しすすけてさえいる。壁はといえば、これもだいぶ使い込んだ漆喰塗りで、メニューを書いた色とりどりの短冊が雑然と貼ってある。
 そんなひどく古びた、殺風景な店なのだが、なんとなく懐かしい。どこかで見たことのある景色なのだ。

 常連らしい客がひとり入ってきて、勝手に冷蔵庫からビールを取り出して飲みはじめ、それからおもむろに亭主を呼んで、料理の注文をする。
「いーねヱ〜」
 思わず心の中で唸った。
 そうだ!これはズーッとむかしに出会ったことがある景色だ。高度成長がまだはじまったばかりのころ、仕事帰りに時折通ったあの「昭和の居酒屋」なんだ。
 酔客のわめく声がワーンと店内にこだまして、あたたかい。だんだん居心地もよくなってきた。

 私たちも壁の短冊をあれこれと睨め回し、亭主に声をかけて酒とつまみを頼んだ。
 熱燗が冷えた身体にまわって、こころまで温まってくる。この店がますますうれしくなってきた。

 ちなみに、この店のおすすめはカリッと揚げた薄いハムカツなそうな。

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