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エッセイ・コラム

ブラブラてくてく東京マラソン(その二、四谷見附~日比谷)

池田 隆

 四谷見附は外堀に設けられた甲州街道の御門である。その石積みの一部がJR四ッ谷駅の傍に残っている。近くに上智大学と雙葉学園の校舎がそそり立つ。桜や山吹、シャガが咲く土手を進むと小道は次第に狭くなり途切れるが、市谷見附からは再びよく整備された外濠公園の遊歩道となる。
 濠は静かに水を湛え、中央線の電車が音を立て疾走する。桜堤と対岸の桜並木が遠方まで伸びている。近くに通う大学生たちが歩道の横にシートを敷き、朝から花見の準備に余念がない。
 牛込見附の手前、逓信病院の前で右手に折れると、与謝野鉄幹と晶子の居住跡の碑が目に留る。警備車や警察官で物々しい朝鮮総連前の坂を上り、靖国神社の境内に北門から入る。
 能舞台横の桜標本木の周囲は人だかりである。大村益次郎の銅像の足元に桜祭りの仮設舞台が設けられ、参道は約二百米にわたり屋台が並び、春を謳歌する人で溢れている。パラオ・ペリリュー島で玉砕を意味する「サクラサクラ」の電信を打った英霊たちもこの平和な光景を見て満足していることだろう。
 大鳥居を出て、歩道橋を渡り、田安門の前に出る。千鳥ヶ淵の西側緑道に向う花見客で立錐の余地もない。行列をかき分け北の丸公園に入る。まだ千鳥ヶ淵の桜に未練を覚え、木立を抜けて濠の東側の土手に上ってみる。普段は人影もない小道だが、穴場を知る連中が集まっている。豪華絢爛な桜を透かして濠に浮かぶボートを眺め、ゆっくり歩を進める。
 皇居の乾門前では枝垂れ桜に魅せられる。一本一本の姿がまことに優美である。北桔橋門より東御苑へ。江戸城天守閣跡に立つと、名君保科正之を思い起す。彼は無駄な出費を抑えるために明暦の大火で焼失した天守閣の再建を取り止めたという。だが今の日本ならば観光客向けに再建するのも悪くない。
 足が少し疲れてきた。もう一息と大手門より皇居前広場に出て、日比谷交差点までてくてくと歩く。都庁より「花の東京」を満喫する一万九千歩、三時間強であった。

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