赤っ恥と青っ恥
昼時の山手線、中年サラリーマンが座っている前に立って、ぼんやりと外を眺めていた。彼の両隣はどうやら部下らしい。ひとしきり仕事の話をした後に、
「ところで、『君の名は。』っていう映画が人気だというから久しぶりに映画館に出向いたよ。コウコウ収入も凄いらしいね」。
(えっ、コウコウ?)と、思わず目を向けた途端、三十代と思しき部下も目を一瞬見開き、すぐさま諦めたように俯いた。確かにこんなところで上司の無知蒙昧をあげつらっても何の得にもならない。上司は若者映画で部下と繋がったつもりだろうが、知らぬ間にとんだ赤っ恥、いい歳して情けない。
ある日、ビデオ撮りしておいたTV番組を見ながら食事していた。四十代の女性コメンテーターが「いわゆるダンコンの世代は……」と訳知り顔。
「ん? 今なんて言った?」、息子がすかさず巻き戻す。やっぱりダンコンだ。ポピュラーな言葉なのになぜ知らないのか、そもそも自分の意見なのか、台本を読んでいるだけだから「塊」を「魂」と読み違えたのか。いずれにしても全国放送で赤っ恥を晒したのだ。いい歳して嘆かわしい。
ことほど左様に、若気の至りならぬ中年の至らなさが意外と氾濫している。相殺をソウサツ、補填をホチン、凡例をボンレイ、御用達をゴヨウタツ、遵守をソンシュ、ご利益をゴリエキ、完遂をカンツイ、礼賛をレイサン、漸くをシバラク、古文書をコブンショ、進捗をシンポ、肉汁をニクジル、疾病をシツビョウ、大舞台をダイブタイ、異名をイメイ、更迭をコウソウ、首相をシュソウなど。
もっとも、言葉は生きているから、たとえ間違いでも誤用者が多くなれば、慣用として認められるものも多い。早急をソウキュウ、発足をハッソク、重複をジュウフク、固執をコシツ、貼付をテンプ、他人事をタニンゴト、続柄をゾクガラ、残滓をザンサイ、口腔をコウクウ、世論をセロンなど。
と、赤の他人の誤りを意地悪くほじくり返す私は、パソコンのせいで(?)漢字を書けなくなった。人前で手書きする機会は少ないから自分しか知らない恥、青っ恥とでも呼ぼうか。でも読み方さえ知っていれば、パソコンのおかげで(!)漢字を呼び出せるからまだマシ、と我が身を甘やかす。
便利と甘えは人を馬鹿にする。