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エッセイ・コラム

大使の句集 TWAIKU

玉山 和夫

 駐日英国大使のティム・ヒッチンズさんが句集を出されました。
 外国人が作った句集で、本人も俳句でなくツワァイクと言っておりますし、日本で多く出版されている伝統的な句集と異なっております。文章と句にはすべて英訳がついているので英語の句集としても読めます。
 ヒッチンズ大使が俳句と出会ったのは、ロンドンの全寮制の学校に通っていた16歳のころ、授業で俳句を意識して作った英語の短詩を学んだことでした。当時は父親が東京で勤めていたので、学校の休みなどには日本にきており、俳句や日本文学に関心を持たれました。詩が大好きで自らも英語の詩を書き、ケンブリッジ大学では英文学を専攻されました。
 大使は若い書記官の時に、鎌倉にあった英国大使館付属日本語学校で一年間集中的な研修を受けており、さらに日本でも長らく勤務されていますので、日本語は堪能です。
 ヒッチンズ大使は句集の前書き「はじめに」には次のように書いています。(一部抄)
「これらの俳句は、私が駐日英国大使に任命された2012年12月から、2015年までの間につくられたものです。
 私はツイッター上の俳句という言葉をふざけてtwaikuと名付けてみましたが、そうゆう呼び方をしたのは恐らく私が初めてではないかと思います。
 私は必ずまず日本語から作り始めて、5・7・5という音節、季語という特定の季節を暗示する言葉、そしてひねりという基本的な必須条件を満たしている事を確認します。これに比べ、英訳はよりフリーな形で不規則なものです」

「大使の句集」は四季に分かれていて各季のペイジの地色は、春は紅梅色、夏は若竹色、秋は銀杏色、冬は消炭色になっています。
 各季の初めには、日本と英国の気候についてと大使の体験についての短いエッセイと、そこの頁の地色についての解説が日本語と英語で各一頁ずつあります。ついで見開きの二頁を使って、一句ずつ、五句が載っています。
 見開きの左側の頁には、縦に一句日本語で書かれ、その下には横書きで同じ句がローマ字で書かれています。ローマ字は五七五を・点で区分けして、英語の読者にも句のリズムが分かるようになっています。
 右側の頁には、カラーのイラストと左の句の英訳が載っています。英訳文は俳句の英語の表記法に従って三行になっています。
 イラストは笠島大樹さんが描かれました。
 この後に白地に横書きで各季十数句が英訳付きで載っています。すべての句には、句が作られた日付けがついています。

 大使の句(ツワァイク)が、日本の伝統的な俳句の主流と異なると思うところを作例で示します。鈎括弧《》の内は筆者のコメントです。
 #句読点のあるもの。
  (句の中ほどに読点「。」や句点「、」があります)
   不屈花。雨一粒も散らさない
   蝉しぐれ。夏の殻から逃げたくて。。。
   広島の夏。猛暑中喪章中
   隠れ霧。打ち上げ花火。風情あり。
   蝉の声。自腹の虫が鳴いている
   《これらは読点が切れ字の役目をしています》
   磯渡り青葉。赤葉に秋が来た
   心配しながら、俳句の試し書き
   台風の列島経過。年を取る
   山、日の出。ああ、ブルブルと、雪の柿
   鏡餅を鎚で撃てば年開き。
   瞑想に耽っているか。。。昼寝かな
   一級に合格出来て秋晴れ、ね
 #符号のあるもの
   (感嘆符疑問符や「;」が使われています)
   じわじわと。テープを胸で切る東京!
   冷え込みの冬の太陽頑張って!
   真冬日に見つかりました!寒い俳句
   謎をよぶ:米の国にて聖域あり?
 #季語のないもの
   (掲載されている季を〈〉の中に示します)
   宇宙から富士を見る日ぞ面白き〈春〉
   都内庭。都忘れの田舎っぺ 〈春〉
   心配しながら、俳句の試し書き〈秋〉
   切れた電池スマホを見ぬ日面白き〈秋〉
   坂登って清水寺で飲みたいね 〈冬〉
 ♯五七五七七調のもの
   楽しみは家内と一緒に静けさの中
     何も言わずに 本を読む時 〈夏〉
   楽しみは土曜日の朝ゆっくりと
     目覚まし時計無しで起きる時。 〈夏〉

 大使は英国王・エリザベス女王の秘書をされていたことがあり英王室の内情に詳しく、日本のテレビにメインキャストとして出演されたこともあります。英王室に関する二句が載っています。
   雨滴#英国王子都入り
   大胆な船の入港気が浮かぶ (註1)

 大使の母国英国の句もあります。
   薔薇の咲くイギリスの春香り良い
   帆の多き英国船や雲のみね (註2)
   あかあかと日がつれなく秋の風
   楽しみは五ヶ月ぶりの肌寒さ
   屋根雀とまどう一歩落雪に

時局を風刺した川柳風の句もあります。
   靖国にあつまっている蚊の柱
   晴天の東シナ海潮干狩り
   鶯鳴いて暗雲垂れて堀黙る
   危機管理綱渡りの.....深呼吸
   逞し木を切り倒した逸ノ城

句集の最後の頁には次の句が載っています。

  幸せはぴったりとした締めくくり
     Happiness is
     The perfect
     Ending

(註1)《英訳》
   HMS Daring
   Enters port
   And spirits rise,
    HMSはロイヤルヨットと呼ばれている王室専用船です

(註2)2013年6月11日の作句。
     400年前のこの日、英国船クローバーが九州の平戸へ徳川家康へのギフトと共に到着しました。

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