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エッセイ・コラム

華厳経の世界 3.中国で生まれた華厳宗

斉藤 征雄

 華厳経は5世紀に中国で仏陀跋陀羅(ブッダバドラ)によって漢訳された。訳本が六十巻に及ぶので六十華厳という(その後漢訳されたもので八十華厳、四十華厳がある)。中国では、以後それらをテキストにして華厳の教学が盛んに研究された。それと同時に大衆のあいだでは華厳信仰が流行した。南北朝から随唐にいたる時代である。こうしたことを背景にして、唐の時代に華厳宗が成立した。開祖は杜順といわれるが、教学を確立したのは三祖法蔵である。法蔵は則天武后の信任を得て、華厳宗は朝廷からも保護された。
 中国華厳宗の思想は、華厳経を基礎とするが唯識思想や如来蔵思想をも取り込み、極めて緻密な思想体系として発展した。加えて、中国の伝統的な荘子の考え方とも融合しているといわれており、その意味で仏教が中国化した一つの現れを示しているといえる。
 華厳宗の思想の核心は「法界縁起」にあり、そこから導き出されるのが、悟りを開いた仏の智慧から見た絶対の境地「事事無礙法界(じじむげほっかい)」といわれる。

【法界縁起と事事無礙法界の思想】
 この世は縁起の原理が支配しているが、華厳宗はそれを法界縁起と表現する。法は真理という意味だから、法界縁起とは、縁起が真理として貫徹する世界という意味である。
 華厳宗では、法界を四法界に分けて説明する。
 われわれ衆生が見る現実世界を事法界という。それは迷いの世界でもある。それに対して縁起の理法からすべてを空と見る世界、すなわち真理としての世界を理法界という。事法界と理法界は、見方が違うだけで同じこの世を指している。われわれはこの世に住みながら、この事法界から理法界に見方を変えなければならない。それが悟るという意味である。事法界と理法界はお互いに妨げあわない無礙の関係にある。そのことを理事無礙法界という。現実の現象世界を空と見るわけであり、理事無礙法界は悟りの世界である。
 少し前に生まれた天台宗をはじめこれまでの仏教はすべてこの段階にとどまっているが、華厳宗は悟りの世界をさらに一段高めるという。それが事事無礙法界である。
 この世に存在するあらゆるものが空であるが故に、己れを捨てて他との対立関係が消滅する(相即)あるいは、自分のみで存在できるものはないから自分が中心ではありえない(相入)と考える。したがってすべての事物はそれぞれ独立していながらお互いの関係は融和、調和しており(それを融通無礙=重重無尽という)真実としては絶対的同一にあるという。私はあなたであり、あなたは私という世界観である。これが仏の悟りの境地から見たこの世の究極の姿と考えるのである。

 華厳宗は、唐時代の末、会昌の排仏(845)以降宗派としては姿を消すが、その思想は中国禅に受け継がれたといわれている。また日本には奈良時代に伝わり、華厳思想に拠り大仏(盧遮那仏)が造られ、東大寺が華厳宗の中心となった。

(仏教学習ノート36)

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