作品の閲覧

エッセイ・コラム

「奥の細道」翁道中記(その四 小山~壬生)

池田 隆

 五日目(平成二十八年十月三十一日)
 シングル、朝食付きで6780円の合理的なホテルであったが、温泉風呂もあり、ぐっすりと眠れた。バイキング式朝食もなかなか味が良く、腹拵えも万端、同行三人は小山を出立。
 昨日と同じく思川の左岸を辿り始めるが、堤防沿いの道がやがて途切れてしまう。S翁が幅員1.5m未満の道も明示する1/25,000地図を取り出す。陸士出の面目躍如である。右岸、左岸、また右岸と橋を渡り直しては、次の目的地である「室の八島」へのルートを探り、小道を綴っていく。
 途中の梨果樹園の販売小屋では訳あり梨の接待を受ける。日差しの中を歩く身には、瑞々しい甘さと親切さが堪えられない。
 最短コースからやや外れ、林の中の摩利支天古墳や発掘調査中の琵琶塚古墳を見学し、下野国分寺跡へと寄り道をする。木立のなかの寂れた神社の前を通ると、近在の孝謙天皇神社の末社と書いてある。説明板を読む。道鏡はこの下野で没するが、二人の仲を憐れんだ村人が天皇の御霊を近くに移し、祀ったという。粋な村人だねえ。
「室の八島」へ到着。芭蕉が最初に向った歌枕(古歌に詠まれた名所)で、「煙」を詠み込むのが慣わしという。大神神社の鎮守の杜に囲まれた池苑に八つの島が浮かび、それぞれに小さな祠が祀ってある。名所というには貧弱過ぎ、芭蕉も期待外れだったようだ。「奥の細道」では曽良が語る神社縁起・説話を引用し、煙は鮗(このしろ)を焼く煙と述べるに止めている。
 新しい学説では、中世以前に詠まれた「室の八島」は大神神社の池ではなく、この地域一帯を指すとのこと。確かに関東平野では洪水時に水面から顔を出す小高い所を「島」と呼ぶ。また「煙」は「秘めた熱い恋」の縁語という。
「いかでかは思いありとも知らすべき室の八島の煙ならでは 藤原実方」
などの古歌も魚の煙では興ざめである。
 大神神社から一時間ほど歩くと、壬生の街に着く。旅館に荷物を預け、日暮れまで狭い城下町を散策する。
 (7:30-15:30 40,000歩)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧