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エッセイ・コラム

作曲家・船村徹追悼のカラオケ

内田 満夫

 作曲家の船村徹が亡くなった。私なりの追悼の流儀は、カラオケに繰り出して氏の手になる作品の中から好みの曲を歌うことである。久しぶりに仲間を誘って行きつけのスナックを訪ねた。
 顔見知りの月例のカラオケグループはあるのだが、いつの頃からか自分なりのTPOを意識し、時を選んで歌いに出るようになった。今回のように、歌手や作詞・作曲家の亡くなった時がひとつの切っかけになる。岩谷時子、島倉千代子、山口洋子、李香蘭が逝った時に、「夜霧のしのび逢い」「人生いろいろ」「アメリカ橋」「蘇州夜曲」などを歌ったのも、さほど昔の話ではない。
 卒業・出立の時節には「仰げば尊し」「ああ上野駅」で始める。故郷を偲ぶ「柿ノ木坂」「別れの一本杉」、それに「悲しい酒」「男はつらいよ」「昭和かれすすき」などの人生模様を加えてストーリー性を持たせる。8月の原爆投下と終戦の時季には、「長崎の鐘」「異国の丘」「国境の町」「岸壁の母」「麦と兵隊」など、鎮魂・望郷の歌や軍歌。年末から年始にかけては「津軽海峡冬景色」「奥飛騨慕情」など、雪や冬景色を彷彿させる曲目。旅をした前後には「高原列車はゆく」「湖畔の宿」「憧れのハワイ航路」などで旅情をかきたてる。職場で将棋会をしたあとには「王将」「歩」。歓送迎の機会ならもちろん、主役の披露する歌に寄り添う曲で雰囲気を盛り上げる。
 気に入らない歌詞を見つけて悪態をついたり、歌詞に詠われたスポットを訪ねたり、「旅の夜風(愛染かつら)」「青い山脈」「無法松の一生(富島松五郎伝)」「踊り子」など、曲のもとになった原作や映画を味わいなおすのも楽しみだ。ボックスの「練習」で存分の思い入れを込め、スナックの「本番」で晴れ舞台を気取るメリハリをつけると、カラオケの世界もぐっと広がる。
 その日の本番では、日ごろ楽しませてもらっている感謝の気持ちを込めて、「別れの一本杉」「柿の木坂の家」「王将」「矢切の渡し」の四曲を熱唱し、氏を偲んだ。ご冥福を祈ります。

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