年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
「企業OBペンクラブ」に入会したのは2008年3月、母を亡くした空隙を埋めたいと思ったのがきっかけだった。あれから9年も経ったとは。
入会まもない4月に、今は亡き古参会員Kさんから「初の女性会員を歓迎します」とのお手紙を頂戴した。Kさんは競馬好きで、第十回有馬記念でシンザンと競い合って観客を騒然とさせたミハルカスを思い出したと、私の名前を気に入ってくださった。
子供の名にはかくあれかしという願いが込められる。私の名は父方の伯父がつけたものだが、梅桃桜がいちどきに咲く北国の春と3月生まれの私とを重ね合わせてのことだろう。書に親しんだ伯父自身からは、「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」で知られる劉希夷の詩『代悲白頭翁』の一節「三春行樂在誰邊」から思いついたと聞かされた。私にとってその無常観は頭の中だけのものだったが、今となっては骨身に沁みる。しかも因縁付きの詩でもある。劉と同じく唐代の詩人である宋之問はこの詩を見せられて大いに感心し、自分に譲ってくれと頼んだが断られたので下男に命じて殺させたからだ。
久しく触れなかったこの詩を、「白頭を悲しむ翁に代わって」ではなく、媼そのものとして今新たに読んでみると、物悲しさや哀れを超えた奥深さが感じられる。
洛陽城東桃李花 | 洛陽城東 桃李の花、 | 洛陽の城東に咲き乱れる桃や李(すもも)の花は、風の吹くままに飛び散って、どこの家に落ちてゆくのか。 洛陽の乙女たちは、わが容色のうつろいやすさを思い、みちみち落花を眺めて深いため息をつく。 今年、花が散って春が逝くとともに、人の容色もしだいに衰える。来年花開く頃には誰がなお生きていることか。 常緑を謳われる松や柏も切り倒されて薪となるのを現に見たし、青々とした桑畑もいつしか海に変わってしまうことも話に聞いている。 昔、この洛陽の東で花の散るのを嘆じた人ももう二度と帰っては来ないし、今の人もまた花を吹き散らす風に向かって嘆いているのだ。 年ごとに咲く花は変わらぬが、年ごとに花見る人は変わってゆく。 今を盛りの紅顔の若者たちよ、どうかこの半ば死にかけた白髪の老人を憐れと思っておくれ。 |
飛來飛去落誰家 | 飛び来たり飛び去って誰が家にか落つ。 | |
洛陽女兒惜顏色 | 洛陽の女児 顔色を惜しみ、 | |
行逢落花長歎息 | 行々落花に逢うて長歎息す。 | |
今年花落顏色改 | 今年 花落ちて顔色改まり、 | |
明年花開復誰在 | 明年 花開いて復(ま)た誰か在る。 | |
已見松柏摧爲薪 | 已(すで)に見る 松柏の摧(くだ)かれて薪と為るを、 | |
更聞桑田變成海 | 更に聞く 桑田の変じて海と成るを。 | |
古人無復洛城東 | 古人 洛城の東に復(かえ)る無く、 | |
今人還對落花風 | 今人 還(ま)た落花の風に対す。 | |
年年歳歳花相似 | 年年歳歳 花相似たり、 | |
歳歳年年人不同 | 歳歳年年 人同じからず。 | |
寄言全盛紅顏子 | 言を寄す 全盛の紅顔の子、 | |
應憐半死白頭翁 | 応(まさ)に憐れむべし 半死の白頭翁。 |
此翁白頭眞可憐 | 此の翁 白頭 真に憐れむ可し、 | なるほどこの老いぼれの白髪頭はまことに憐れむべきものだが、これでも昔は紅顔の美少年だったのだ。 貴公子たちとともに花かおる樹のもとにうちつどい、散る花の前で清やかに歌い、品よく舞って遊んだものだ。 音にきく漢の光禄勳王根の、錦をくりひろげたような池殿や、大将軍梁冀の館の、神仙を画いた楼閣のそれもかくやと思うばかりの、贅を尽くした宴席にも列なったものだ。 しかしいったん病の床に臥してからは、もはやひとりの友もなく、あの春の日の行楽はどこへ行ってしまったことやら。 思えば眉うるわしい時期がどれほど続くというのか。たちまちにして乱れた糸のような白髪頭になってしまうのだ。 見よ、かつて歌舞を楽しんだ場所も、今はただ夕暮れ時に小鳥たちが悲しくさえずっているばかりではないか。 |
伊昔紅顏美少年 | 伊(こ)れ昔は紅顔の美少年。 | |
公子王孫芳樹下 | 公子王孫 芳樹の下、 | |
清歌妙舞落花前 | 清歌妙舞す 落花の前。 | |
光祿池臺開錦繍 | 光禄の池台 錦繍を開き、 | |
將軍樓閣畫神仙 | 将軍の楼閣 神仙を画く。 | |
一朝臥病無相識 | 一朝病に臥して相識(そうしき)無く、 | |
三春行樂在誰邊 | 三春の行楽 誰が辺りにか在る。 | |
宛転蛾眉能幾時 | 宛転(えんてん)たる蛾眉(がび) 能(よ)く幾時ぞ、 | |
須臾)鶴髪)亂如絲 | 須臾(しゅゆ)にして鶴髪(かくはつ) 乱れて糸の如し。 | |
但看古來歌舞地 | 但(た)だ看る 古来歌舞の地、 | |
惟有黄昏鳥雀悲 | 惟(た)だ黄昏 鳥雀の悲しむ有るのみ。 |
ところでこの伯父は母の結婚にも絡んでいる。昭和20年、やがて南方から帰還する弟の嫁として母を迎えたいと祖父に申し入れたのは伯父だった。物陰からその様子を見た母はてっきりこの人が相手だと思い込んで東京に嫁いできた。初めて会うその弟は風采も上がらず小姑には苛められるしで、何度も故郷に逃げ帰ろうとしたそうだ。私はご近所のオバサンから「お父さんにそっくり」と言われる度に母の早とちりを恨み、そんなことを我が子に打ち明ける母の真意を訝しんだものだ。伯父はそんな私の思いを知らぬまま他界したが、一度くらいぼやいておけばよかった。