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エッセイ・コラム

イモガラボクトの末裔

安藤 英千代

 神代、神武天皇は勇敢で優れた人材を率い日向から東征した。そして日向の国には、イモガラボクト(里芋の茎=見かけは木刀だが直ぐ折れる優男)と、日向カボチャ(見かけは悪いが、美味で働き者の女性)が残った。 だから宮崎人は争わず優しく親切。「三日もいると日向ボケになるほど居心地がよい」と民謡に歌われる。二千数百年を経て、私にもその血は脈々と流れている。

 幼少のころ近所の悪童が集まってマサカリで力比べをしていた。私が、「そんなもの訳ないよ」と肩に担いだが、力が足りず頭を切り血だらけになった。
 悪童仲間で、馬の尻尾の毛で作る鳥罠が流行った。私も家で飼っていた農耕馬の尻尾から一本一本コッソリと抜き取っていたら、いきなり後ろ脚で胸をけられ絶息した。ともかく命がけで引抜いた五、六本の毛で罠を作り仕掛けたが、小鳥は一羽も捕れなかった。

 高校2年の春、僻地教育3年の務めを終えた父の転居手伝いに椎葉を訪れた。 家財と共に、酉年の父が分身のように大事にしていた雄鶏をミカン箱に入れて積込み出発した。椎葉は春爛漫で、昨日までの雨が嘘のような深い青空だった。
 曲がりくねった谷道を揺られながら、トラック助手席でウトウトした時、物凄い上下振動を受け天井に頭を何回もぶっつけた。運転手は必死の形相でハンドルをキープしている。崖崩れが車を襲い、トラック荷台に直径50センチの大穴が開いていた。コンマ何秒かずれていたら運転席を直撃し命はなかった。
 呆然としてあたりを見渡すと、木々は淡く萌え、谷底の渓流は深い群青色、その中に咲く山桜は一際あでやかだ。ふと桜の木の下に目をやると、先ほどの落石で檻から逃れた雄鶏が、何事もなかったように凛然とこちらを向いている。

 桜の季節になると、あの孤高の雄鶏の姿を思い出す。「あのように、突然の危機にも動じない毅然とした生き方をしたい!」と決心したが、五十年を経過した今も、私はイモガラボクトのままである。

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