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エッセイ・コラム

エ・アロール

西川 武彦

 1980年代の話だが、妻以外の女性とのあいだに子供がいたミッテラン仏大統領は、ある記者からその真偽を問われ、「et alors?(それがどうしたの)」と一言低くつぶやいただけで、記者たちはそれ以上追求しなかったという。汚職ならともかく、男女のことはプライベートな問題でとやかくいうほど野暮ではない、というフランスのお話である。
 それを捩ったタイトルの短編集「エ・アロール」を楽しんだ。作者は「失楽園」など、その筋の物語では超一流の渡辺淳一さん。団塊世代が60歳を迎え始めた今から十年ほど前に刊行された。裏表紙では、「老い」の規制概念を打ち壊し、新たな生き方を示唆する衝撃作と謳っている。
 主人公の来栖高文は、医師。亡父から相続した東銀座の土地に「ヴィラ・エ・アロール」という高級老人ホームを開設。世間の常識にとらわれないユニークな人々が住んでいて、考えられないような事件が続発する。出張サービスのヘルス嬢を呼ぶ八十代の男性、元銀座ママの売春騒動、超高齢者の三角関係、施設内別居や同棲、etc. 主としてセックス絡みのトラブルがリアルに暗くなく描かれていて面白い。來栖自身の愛人である女性編集者との付き合いの揺れ動きも巧みに繰り入れられて色を添えている。
 刊行から十年過ぎ、団塊の世代が生き方の選択に悩む時代に入りつつあるが、この作品は、老人の性を「生命の輝き」としてとらえ、高齢者施設のあるべき姿を、文明批評的にヴィヴィッドに描いていてタメになる。

 傘寿を迎えた筆者の場合、各種施設をパンフや見学で検討したが、帯に短し襷に長し…。幸いにして四肢に支障がなく認知という状態ではない現在、当面見送りを決定。築五十年近い木造二階建てを一部改装し、『ホームシェア・シモキタ』を始めて、一年経過した。洒落た名前だが、昔の下宿屋だ。若い女性限定という入居基準がある。なにかと接触することになる連れ合いの選択だが、ご隠居は、ふむ、ふむと頷きながら、内心ほくそ笑んでいる。

 ワーキングホリデイで一年間滞在した第一期生は、ヴィザ期限を終えて、母国台湾に戻った。別れのハグの暖かい感触が未だ残っており、台北での再会を約している。
 本多劇場など各種のシアターが散在する街だから、四人の二十代女性のうち二人は、役者志望である。オーデイションを受けて、出演したりしているようだ。
 シモキタでデビュー前の時代を過ごしたという著名人は結構いると聞く。我が家の「娘」たちも、十年、十五年経てば、赤坂・六本木界隈の超高級マンションに住む超有名人となっているかもしれないが、その頃は、天界の「やすらぎの郷」からそっと覗くことになろうか…。もっともオーナー・テナントの関係である。ドライな「娘」たちにこんな話をしても、「e alors?」と返されるだけかもしれない。

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