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エッセイ・コラム

芥川龍之介の自死に関する工科的考察

池田 隆

 先日のこと、本ペンクラブの「何でも読もう会」で芥川龍之介の「地獄変」について論を交わし、彼の自死にも話が及んだ。しかし、なぜ作家としての絶頂期に敢えて死を選んだのか、帰宅後もまだ釈然としない。そのときデカンショ節の一節、「工科の頭を叩いてみれば、サインコサインの音がする」を思い出し、わが頭を叩いてみた。
 その読書会で入手した全芥川作品の題名、発行年、頁数をまとめた一覧表を改めて眺め直す。龍之介は1914年の処女作から1927年の遺稿まで、14年間に短編小説を約140編、計2900頁の著作を行っている。そこで横軸に年度をとり、縦軸に各年度までの著作頁の累計をとってグラフにプロットしてみた。
 自死する最終年は著作数が特異的に200頁ほど増えているが、それを除くと初期は緩やかに立ち上がり、中期に最も急勾配となり、後期はまた伸びが止まるという右肩上がりのS字傾向を示す。この推移は次式で表すサイン曲線でほぼ近似できることが分かった。

 このような特性は芥川に限らず、多くの創造的活動や一般事象のライフサイクルに共通する。たとえばモーツアルトについて作曲数累計を取ってみると、芥川と類似のS字曲線となる。
 ただし芥川とモーツアルトでは終わり方に少しの違いがある。芥川は累計が能力最大値に達する年まで著作を続け、自死を選んだ。一方のモーツアルトは累計が能力最大値の90%を越した辺りで肉体寿命が尽きる。
 芥川はこのサイン曲線が示す冷徹で自然法則的な必然性から逃れられず、文人としての達成感と同時に、空虚感に陥り自死を選んだのであろう。それは「地獄変」の著作時から抱えていた死への潜在意識が顕在化したとも言える。なお自死年の特異的な著作増加は終末直前に現れ易いカオス現象の一種である。
 因みにモーツアルトも芥川と同じ35歳で死去するが、仮に長生きしていても10%弱の余力しか残っていなかった。両者とも後期高齢者となり死亡したのだ。

参考 セオダー モーディス著、高橋秀明訳「予測学入門」(産能大学出版)

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