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エッセイ・コラム

冥土の土産

西川 武彦

 四十年前に香港で誕生した男声合唱団で歌っている。千の風になった団員も少なくないので、日本で再結成した十数年前からは、優秀な歌い手を外部から補給している。40名足らずだが、大半は海外駐在経験者の卒サラである。
 団名は「シンサーンズ」。広東語で「野郎ども」の意味だ。平均年齢75歳の後期高齢者野郎である。
 合唱祭で入賞するレベルになった頃から、名の知れたコンサートホールで、定期演奏会を開いている。称して、「冥土の土産」コンサート。今秋は、10月29日に、サントリーホール「ブルーローズ」での開催が決まっている。第四回目の「冥土の土産」である。回を重ねるうちに、何人かが冥土入りした。天界でカルテットを組んでいるかもしれない。

 合唱団の練習所は、新大久保の韓国通りにある。異国っぽい怪しげな街だ。
 韓国人は勿論、最近では東南アジア、西アジアから来たと思われる男女がたむろしていて、日本語より異国語の方が耳に飛び込んでくる。ずらりと並ぶ飲食店も、外国語の店名、広告、メニューが圧倒的に多い。五感的には、日本ではない。
 細く薄暗い路地には、ラブホテルが軒を連ねている。
 筆者は、同じ新宿でも、デパートや高級店が連なる表通りより、こういう猥雑な裏町が好きだ。欧州各地のそれを思い出したりして、ご隠居の頬が心なしか緩む。ちょっとした海外旅行気分になれるのだ。
 毎週一回の練習が夜8時半に終わると、反省会と称して、毎週店をかえて、二次会で乾杯を繰り返し、疲れを癒す。
 筆者の場合、帰路は同年輩の二人と示し合わせて、新大久保の百人町から歌舞伎町を抜けて、新宿駅西口までぶらつく。界隈は、昔と違って治安が改善されたようで明るい。傘寿の爺様に声を掛ける女もいない。

 数か月前には、合唱団のマネジメント役の一人で、乾杯大好き人間のTさんが、旅先で急逝した。お別れの会では、定演に向けて仕上げている二十曲からAve Mariaなど二曲を選び、心を籠めて歌ったが、冥土の土産になったろうか?

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