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エッセイ・コラム

大きな雹が降ってきた

濱田 優

 この8月19日の夕方、世田谷は突然の激しい雷雨に見舞われた。
 たまたま多摩川の花火大会の日で、土砂降りの中を逃げまどう娘たちの浴衣姿がテレビに映されたから、記憶に残っている人もいるかもしれない。
 わが家は築50年を超すあばら家だが、幸い雨漏りはしない。この凄いゲリラ豪雨も無事に遣り過ごせそうだ、と踏んだところ、雹が降りはじめた。これまでも雷雨に小豆か大豆くらいの雹が伴うことはあった。しかしその夜の雹は、屋根を叩く音からしてまるで違い、無数も礫(つぶて)のようで恐怖にかられた。窓の外を見るとゴルフボール大の雹が混じっている。
 翌朝調べると二階の物干しの屋根が穴だらけになっていた。この屋根は塩ビの波板ですでに経年劣化が進んで脆くなっている。まさか雹にやられるとは思わなかったけれど、台風や突風で剥がされるのではないか、と案じていた。それがもし飛んで、人に怪我でもさせたら大変だ。
 これを機会に葺き替え替えようと、出入りの工務店、といっても一人親方の大工さんに電話した。ところが、もう年なので仕事は辞めた、と断られてしまった。彼は八十過ぎで後継がいないのだ。
 昨今、後継者難による中小企業の廃業の増加が話題になっている(日経10/6)。身近なところでも、今回だけでなく3年前にわが家の和室を改装した際、近隣の畳屋が何軒も閉業していて業者探しに苦労した。職人の高齢化とともに和室の減少が畳屋の店仕舞いに拍車をかけていると聞く。
 復興需要やオリンピック特需もあり建設業界の人手不足はさらに深刻化している。半端な物干しの修理仕事なんてやってくれる業者はあるのだろうか。
 この懸念は、意外にはやく身近なところで解消した。翌日スポーツクラブに行くと、年寄り仲間が前夜の雷雨のことを話題にしていた。そこでわが家の雹害の状況を話し、業者を探していると話す。と、町会役員のKさんから耳寄りの情報が得られた。
「そりゃあ大変だったね。町内の小さな工務店で最近代替りしたところがあるよ。よかったら……」
 〝渡りに船〟とはこのことか。すぐその工務店に連絡した。翌朝50代のスマートな若主人が下見に来て屋根職人の手配をしてくれ、数日後には新しい屋根に葺き替えられた。今度の屋根は塩ビより価格は高いものの、強度も耐久性も数段優れたポリカーボネイトの波板で、大粒の雹を伴ったゲリラ豪雨にも耐えられる。10年以上持つといわれた。
 工事も丁寧で言うことないけれど、職人は相当のお歳のようで、高所作業は大丈夫か、正直心配だった。完工後の点検に現れた若主人に告げると、職人はプロなのでその懸念は不要だが、このところ少し力が弱ってきた、と明かし、自ら長い脚立の片付けを手伝っていた。経営は若返っても、職人の老化は変わらないようだ。

 こうして我が家の雹害騒動は収まった。この度は困ったときのご近所頼みで助かり、改めて近所付き合いの大切さを痛感した。
 おまけに保険の話をしよう。我が家の新型火災保険には風水害見舞金が付いていた。10万円を超える損害を被った場合、一律5万円支払われる。復旧費の見積書とともに被害状況の証拠写真が必要なので忘れずに――。今回の工事費はそこまでいかず、見舞金は受け取れなかった。安くてよかったと喜ぶべきだが、少し惜しい気もする。

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