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エッセイ・コラム

冬の花火

浜田 道雄

 師走に入って間もなく、冬の花火大会がはじまった。ひところ熱海に来る観光客が激減してしまったので、なんとかして客を呼び返そうとはじめた花火だが、どうやら観光客誘致にはなにがしかの効果はあるらしく、いまでは夏だけでなく一年じゅう何回も開催しているのだ。

 先日この冬はじめての花火大会があった。この日は日本中強い冬型の天気に包まれて、熱海も朝から冷たい風が吹き荒れた。十国峠に連なる西の山並みから強い風が吹き下りてきて、街なかをそして空を駆け巡った。わが家は街の尾根筋にあるからこの風をもろに受ける。部屋の戸や窓をしっかりと閉めても、風にゆれる木々のざわめきがうるさいほど聞こえてくる。

 夜になってもこのひどい風が治らなかったら、花火も吹き飛ばされてしまうのではないか。せっかく空高くあがった花火が大きく開く前に風でむちゃくちゃにされる無様な姿など、かわいそうで見ていられないと心配だった。
 だが、そんな心配も杞憂だったようだ。夕方になるとまもなく風が弱まり、空には鮮やかな夕焼けが広がった。今夜は絶好の花火日和になりそうだ。

 花火の日の夜の闇は普段よりも濃い。店やホテルなどがネオンやライトを消すからだ。
 ベランダに出て闇の濃い空を見上げると、星が一つ、二つと瞬いている。近ごろは眼がわるくなってしまったので、晴れた夜でも星はほとんど見えないのだが、今夜は昼間の強い風がホコリを吹き飛ばして、空は普段より澄んでいるのだろう。しばらくは久しぶりの星を眺め、楽しんだ。

 やがて花火があがりはじめた。もう風はすっかり収まっている。中空で弾ける爆発音が大きく山々にこだまし、花火が大輪の花となって冷たく澄み切った空に艶やかに輝く。そして火玉が夜空を鋭く切り裂いて落ちていき、やがて闇に消える。
 次々と花火が上がる。火玉が赤から黄へ、黄から緑へと色を変える。勢いよく駆け上がり、「どん!」という音とともに大輪の花を咲かせる花火。傘のようにあるいは柳の枝のように長く枝垂れていく花火。それらを眼で追い、その余韻を楽しむ。

 気がつくと、夜の寒さが身体の芯にまで忍び込んできた。あわてて部屋に入り、今度はガラス越しの花火見物に切りかえる。だが、ガラスの向こうの花火では先程までの花火の醍醐味は十分には味わえない。キーンと澄み切った冬の夜空を肌で感じながら見るからこそ、花火が夏よりもきれいに雄大に見えるのだ。

 だが、この夜空の寒さに耐えるには私はもう歳をとりすぎた。暖かい部屋の中で、しかも外にいるような気分で花火見物する方法はないものだろうか?

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