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エッセイ・コラム

相撲は枡席に限る

三 春

 学生時代にボーイフレンドと二人で初めて相撲を観に行った。当時はまだ両国ではなく蔵前国技館だ。彼の父親が郷里出身の力士の後援会に属していて、チケットを手に入れやすかったらしい。枡席に案内された。一メートル四方ほどの桝形のなかに座布団が四枚。お茶屋の券と引き換えに、たっつけ袴の出方さんがお決まりの弁当や焼き鳥、酒、持ち帰り用のお土産などを次々と運んでくる。取組が近づくにつれて盛り上がる場内の騒めき、力士たちの身体から立ち上る湯気、通路で勝ち力士を待ち受けるファン、この雰囲気はTV中継では到底味わえない。

 それから二十年近くが過ぎ、勤めていた翻訳会社での労働争議をきっかけに、職場仲間三人で会社を興した。三人が同額ずつ出資し、誰が上でも下でもない。だが対外的には何らかの肩書が必要だろうと、それぞれ希望を述べた。「シャチョーっていうの一度やってみたかったんだよね」「あ、そう。いいよ」というお気楽な話し合いの結果、最年長で少しは名を知られたオジサンがシャチョー、昔は商社マンだったオジサンがセンム、アラフォーの元OLがジョームと決まった。これに、若いヒロミを加えて総勢たったの四人。
 ある日、大手電機メーカー勤務の従兄弟から「今日の接待用の枡席が余ったから誰か誘って行くといい」と、美味しい話が転がり込む。ヒロミは子供の保育園のお迎えがあるから棄権。シャチョーとセンムは国技館で観戦したことはないけれど大の相撲好き、直ちに仕事を中止した。三人はいそいそと両国国技館に向かう。
 桝席に着くや否やシャチョーが、忙しく行き交うどこぞのお茶屋の出方さんをつかまえて、「あのぅ、メニューを見せてください」とやって怪訝な顔をされる。センムは辺りをキョトキョト見回してばかり。変なオジサンたちを連れてきちゃってちょっと恥ずかしいと思いつつも、ジョームの頭の中は食べることと飲むことで一杯。
 オジサン二人は大乃国のファンで、グイッと呷っては「オオノクニィ~」と大声で叫ぶ。当の大乃国が登場する頃には絶叫に近くなる。相撲の決まり手もよく知らないジョームまでがいつのまにか釣られて、「オオノクニィ~‼」

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