作品の閲覧

エッセイ・コラム

IT事情(2) ~隠居のつぶやき

西川 武彦

 年末の東京新聞に、「電話が怖い」若者たち、と題して、特集が組まれていた。
 見知らぬ人からの電話が苦手で、仕事に支障がでているとか…。事前連絡なしで電話をかけてくる人を「電話野郎」と否定的に呼ぶらしい。
 昭和の高成長時代にサラリーマン人生を送り、数年間は、航空会社で研修所長を務めたこともある筆者としては信じられない思いである。
 ある銀行では、内定を出した学生とコミュニケーションを取る手段として、若者が使い慣れている非公開の会員制交流サイト(SNS)を採用しているそうだ。
 電話もそうだが、人と声を出して会話することで、それも出来れば対面で会話することが、コミュニケーションの基本と心得る者にとっては吃驚仰天だが、傘寿を超えた爺など所詮化石だから、致し方ないのだろう。
 電車に乗れば、混んでいようがいまいが、立っている人も座っている者も八割方は頭を垂れてスマホに耽っている。先日、夜8時半頃だったろうか、席に座ってそんな風景を見ていると、次の駅で両隣の席が空いて、前に立っていた二十代後半と思しき男女が筆者の両側に分かれて座った。席を譲るタイミングを失して、なんとなく居心地がよくないまま、手持ちの新書の頁を繰る。両隣の二人は座るや否やスマホとにらめっこしている。
 否、睨めっこではない、時折、筆者を挟んで横目にちらっと相手に目を投げる雰囲気もある。おそらくこんなやりとりがスマホで交わされているに違いない。
「今夜大丈夫?」
「いいじゃん…、そろそろ始まるから今なら大丈夫…」
 次の駅で席を譲り、二人は隣り合わせになったが、スマホをいじるだけで会話はない。

 それから二つ目の駅で降りると、なぜか疲れてコーヒーが飲みたくなった。駅前のコーヒー店に入り、四人用の小さなテーブルに座った。砂糖をたっぷり入れて飲み始めたタイミングで、若い男女が、真ん中が低いガラスで仕切られている対面に並んで座った。
 かなり親しげな雰囲気だ。男の方の頬が窪んだように見えるのは、近くのラブホテルで一線交えたあとなのかもしれない。なにやら注文すると、さっそく夫々がスマホを取り出した。会話はない。たまに頬が緩んでいるから、これまたスマホで対話しているのだろう。
「今日は超よかった……」、「今度はいつにしようか?」、「身体の具合みて連絡します……」
 声を出しての会話はない。
「世も末だ…」などと、現役時代は、「フロ、メシ、ネル」だけだったご隠居は寂しくつぶやきながら家路についた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧