作品の閲覧

エッセイ・コラム

うつろな数

松浦 俊博

 数学をまともに勉強しなかった私だが、教わったことに目の鱗が落ちる思いがすることもあった。高校に入ったころだったか「虚数」を習った。iで表記して、2乗するとマイナス1になる。実軸と虚軸を使って示すとiは虚軸の1の位置にあり、2乗すると実軸のマイナス1、3乗すると虚軸のマイナス1、4乗すると実軸の1の位置に移る。さらにiをかけると元に戻る。つまり、1回かけるごとに90°まわって、4回かけると元の位置に戻るという性質を持つ。

 数の中では整数は初めから身近にあった。小数や分数は小学校で習う間にあまり感動することもなく近づけた。ゼロやマイナスに出会った時も、基準からの高低を示すものと思った。原点が移動するだけという感じで、それほど感動した覚えはない。
 しかし、虚数は全く新しいものに思えた。「こんなもの、何に使うのか」という思いが先立ったが、習っているうちに便利なものだということが分かってきた。実数と虚数を結合した数を複素数と呼ぶが、実軸と虚軸が直交することを利用した変換の道具として色々な計算に使うようになった。

 仕事では機械の振動を扱うことがあったが、この分野でも複素数を利用した。振動のように時間と共に変化する現象を表すにはとても便利な表現である。古典力学の範疇なので、目に見える現象は実数部分であり、虚数の部分は背後に隠されたままになる。量子力学では目に見えるものが不確定だと考え、現象そのものを複素数で表現して確率評価するようだが、そのやり方とは異なる。もともと多次元で表されるべき現象を、次元を減らして目に見える空間に投影したものをリアルだと思っているのかもしれない。ちょうど、回っている独楽が止まって見えるのと同じような感じだ。独楽の回転は隠れている。

 虚数に限らず、世の中にはうつろな数で表現される目に見えない現象が、目に見える現象を支配しているような感覚を覚える。数学は想像を膨らませてくれる。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧