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エッセイ・コラム

二・二六事件(1)縦社会の中の横組織

志村 良知

 昨年話題になったモンゴル力士会なるものは、親方と部屋の縦社会である相撲の世界の中へ横に跨ってできた同国人の同志的団体である。縦社会の中にできたこうした閉鎖的な組織は、当初の目的は親睦であっても往々にして縦社会への不満を募らせ政治的色彩を持ち、統制を乱す集団になる。

 大正半ば、第一次世界大戦終結後間もないドイツの保養地に、ヨーロッパ駐在中の大日本帝國陸軍の少佐3人が、目の当たりにした近代戦を戦える国と軍への改革を志して集まった。その目的は①人心刷新、②統制強化、③国家総動員体制の構築。いわゆる「バーデン・バーデンの盟約」である。
 この集まりは、東京裁判で侵略戦争の最初の謀議だったとして問題視されるが、実際には海外駐在武官が保養がてら現状を憂い理想を語り合っただけだ、とする説もある。しかし、この集まりをきっかけとして縦組織の典型である軍の中に横方向の結社「二葉会」「木曜会」「一夕会」が形成されていき、やがてそれは軍の戦略決定、果ては内閣人事にまで影響力を持つようになっていく。さらに、お国の為になるなら本来の縦組織の意思など無視して良いという「下剋上」の風潮を生み、それは満州事変、日華事変などを引き起こし拡大させ、大戦末期の自暴自棄のような作戦指導にまで及ぶことになる。

 昭和11年に起きた二・二六事件は陸軍の若い将校によるクーデターで、縦社会の中にできた横方向の秘密結社的連携によって起こされた典型的な下剋上の事例である。この前にも陸海軍若手将校の同志的連携による五・一五事件があり、未遂に終わった計画も頻繁に発覚しており、軍上層の連隊勤務若手将校が秘密裏に横方向に連携することへの監視は厳しかった。しかし、決起軍の中心は三つの連隊の大尉・中尉クラスだったが、事件後起訴された将校は約50人に及び、その連携は陸軍全体に及んでいたことが判る。
 事件は決起軍が一朝にして叛乱軍とされたことで事実上終結。中心の将校たちは即席の秘密軍事裁判で裁かれ銃殺。真相は闇の中のまま幕引きが行われた。一体彼等は何を考え何をしたかったのか、現在でもはっきりしない謎である。

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