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エッセイ・コラム

バンコクのうまいもの宅配便

浜田 道雄

 バンコキアンはみな多かれ少なかれグルマンだ。どこそこの店の料理がうまいと聞けばどんなに遠くても、一度は行って食べないと気がすまない。
 実際バンコクにはうまい料理を出す店はたくさんある。クウェイテイオ・ナム(注1)がうまい店、トロッとしたカオ・ムー・デン(注2)がある店、豚の内臓スープ(注3)が絶賛されている店、絶品のパッタイ(注4)が食える店などなど。
 そんな店のいくつかは例のミシュランのホームページなんかで、「うまい店」って紹介されていたりする。

 だからといって、その店がかっこいい店構えをしているわけではない。細い小路に並ぶ間口一間半ぐらいの、薄汚れた壁や天井には蜘蛛の巣が張っていたりする。屋台で営業しているところだってある。でも、バンコキアンはそんな店構えなんか気にしない。うまいものが食えればそれでいいのだ。

 だが、彼らはグルマンぶりを発揮するのに頭の痛い問題をかかえていた。それはこの町の名物にもなっている世界一の交通渋滞だ。朝晩、道路は自動車で埋め尽くされ、まったく動かない。わずか3、4キロほど行くのに一時間もかかったりする。だから、ちょっとそのうまい店で昼メシを食おうとか、晩は軽くカオ・ムー・デンにするかなんて思っても、気楽に出かけることなんかなかなか出来なかった。

 ところが最近、そんな彼らの悩みを解決してくれる素晴らしいサービスができた。名店料理を買ってきて、家まで届けてくれる宅配サービスだ。  バンコキアンは宅配会社に電話をして、「明日の夕方、どこそこのクウェイテイオ・ペット・ナム(注5)を〇〇個届けて」と注文するだけ。料理が届いたら、代金と配達料を払う。
 この商売のミソはオートバイを使うこと。オートバイは渋滞なんかものともしない。動かない車の列の間隙を走り抜けられるから、名店までサッサと行ってお客の注文する料理を手に入れ、届けることができる。

 おかげで、グルマンは交通渋滞のなかわざわざ店まで出かけていく苦痛をしないで、好きなときに好きな名店料理をわが家で楽しめるようになったんだから、大喜びだ。
 でも、家のきれいなテーブルであの店のうまい内蔵スープをすすりながらも、ちょっとさみしいと思わないでもない。宅配された料理では、あの薄汚い店の無愛想な親父の顔を横目で睨みながら、スープをすすりメシを頬張る、あの楽しみがないんだな。

 とはいえ、“うまいもの宅配便”は大流行りだ。今日も朝からピンクの前垂れを着て背中に四角い保温箱を背負った宅配バイクのにいちゃんが、バンコキアンの飽くなき食欲を満たすべく渋滞のなかをさっそうと走っている。

(1)
クウェイテイオは米粉に水を加えてペースト状にしたものを蒸して作る。麺の太さには板状のもの、ヒモカワぐらいのもの、ハルサメぐらいのものなどがある。この麺をスープに入れたものが「クウェイテイオ・ナム」である。
(2)
「ムー・デーン」は皮付きの豚バラ肉に香料や食紅、蜂蜜などを塗り、炉のなかで焼いたもの。これを薄く切って、薄切りのキュウリなどとご飯の上に乗せ、独特のたれをかけたもの。屋台の定番料理。
(3)
タイ語で「カオ・ラオ・という。
(4)
クウェイテイオを溶き卵、豆腐などとともに強火で炒め、干しエビ、ニンニク、エシャロット、赤唐辛子、ナンプラー、パームシュガーなどで味付けした、「炒めコメ麺」。ライム、モヤシ、炒ったピーナッツなどを添えて出される。
(5)
クウェイテイオの汁麺で薄切りのロースト・ダックが添えられる。ペットはアヒルのこと。

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