作品の閲覧

エッセイ・コラム

山小屋までの道のり(野の花編)

木村 敏美

 福岡市内の自宅から、標高四百三十メートルの小高い山にある山小屋まで行くのに車で四十分程かかる。この道のりを十五年以上も往復しているが、飽きることはない。好きなのは二十分程で市内をぬけた後、那珂川町に入って暫くしてからだ。急に目の前に田園地帯が広がり、山々とまばらに人家が見え、のどかな景色となりホッとする。
 春になると、れんげの花の田んぼも所々に見られ、梅雨になると田植えが始まる。田んぼの美しさに魅せられたのは、ここを通るようになってからだ。丁度月夜に帰る時があり、水を張られた田んぼに月が映って水墨画を見るようだった。苗が生長すると田んぼは緑一色になり爽やかな風にゆれ、秋になると黄色から黄金色になる。この稲穂の深い色は絵の具では表せない。稲刈りの終わった田んぼの畦道は彼岸花の列で赤く染まり、農家の庭や土手にある柿の木には、赤い実がちぎられることもなく残っていて、日本の原風景を見る思いだ。

 田んぼの中の道のはずれに鎮守の森があり、ここを過ぎると山に向かい、道端にすすき等の植わっているなだらかな坂道となるが、途中から深い森林に入る。道は細く曲がりくねって険しくなり、周りは高い杉と檜に囲まれ昼なお暗く、いたる所に山から湧き水が出て冬場は道が凍結することもしばしばだ。夏はひんやりとして涼しいこの道は別世界に入ったようで、一瞬、現代社会を忘れさせるが、通い慣れていくにつれ、奥深さも分かってくる。真っ直ぐに伸びた杉や檜の美しさ、それがとぎれた所には落葉樹や楓が顔をのぞかせ、若葉や紅葉で変化をつける。
 道端には微かな木洩れ陽のなか、季節毎にいろんな花が咲く。あざみやオレンジ色の小鬼百合、山萩、水溜まりに咲く金平糖、杉こだちの下に群せいするしゃが、木にからみついて上のほうで咲く山藤等、暗い山道もよく見ると野の花で賑やかなのだ。
 もう一つの驚きは野いちごの多さだ。幼い頃田舎で育った私はいつも空腹で、野いちごは最高に美味しいおやつだった。その頃食べたのと同じものが花を咲かせ実をつけている。赤い実でも粒の大きさがちがうのがあり、黄色のいちごや蛇いちごといって食べられないのもあった。森の中の道は忘れ去っていた幼い日々を思い出させてくれる。
 十分程で、林はなくなり青空が見え頂上に出る。そこが畑のある山小屋だ。

 ここは光をさえぎるものは何もなく、広い視界の中に背振山や九千部山がありゴルフ場の一部も見える。隣で畑を作っている人が、私は太陽の陽射しを買ったのだと言っていた。
 幼い頃一番美味しいと思っていた野いちごを山道から引き抜いて畑に植えてみると大変なことになった。実はあまり赤くならず葉だけがのび、さわると痛い。又根が異常に強く、あちこちに広がり芽を出して、畑をあらしてしまう。可愛い蕗の薹や土筆も同じで、ひ弱い野菜はやられるので、野生のものを畑に植えることは断念した。
 せいぜい山道で花や実を見て楽しもう。
 心配することはない。水と太陽がある限り野生の植物は人目につかなくても必ず何処かで生きている。山小屋までの道のりはそれを教えてくれた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧