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エッセイ・コラム

賞味期限切れ

西川 武彦

 4月早々、馴染の回転寿司に出かけた。店はイオン板橋ショッピングセンターの5Fだ。自宅から車で30分余りかかるが、7年前まで、その近くのケア付きマンションに住んでいた母を月一のペースで連れていき、ネタが素晴らしいことから、やみつきになっていたのだ。
 都合二十年近くも通ったであろうか。ところが…、である。店は白いベニヤで覆われ、跡形もない。B4のチラシが貼ってあり、3月末日をもって閉店という。馴染のオヤジさんの顏を想いうかべながら、やむなく退散した。
 同じフロアの中華料理で寂しく腹を満たしたあと、夕刻、近所のK眼科に向かった。最近TVの画面がぼやけてきたのだ。ところが、そこも閉店という。筆者とさほど違わない年格好の女医さんだったから、引退したのだろう。やむなく、自宅から同距離の名医で知られる別の眼科を訪ねると、左目が白内障で手術が必要という。血液検査を受け、日を替えて再診すると、血液の値が規定に達しないから手術は難しいと顔を顰めるではないか。行きつけの町医者に相談すると、この程度なら問題ないはずと意見が違う。
 その昔、右目の白内障で手術した蔵前の眼科の話をすると、そこに行ってみたらどうかという。優に一時間は要する。行くだけで疲れるがやむをえまい。
 翌朝、なぜかむしゃくしゃするので、エビスガーデンシネマに出かけた。新聞で評判の名画の鑑賞と洒落たのだ。映画は渋谷の東急文化村に決めているので、恵比寿は何年ぶりだろう。自宅から最寄りのシモキタの駅は、急行と鈍行とプラットホームを分けるので、夜毎のように通路が代わり、高齢者を翻弄する。イライラが終わって、渋谷経由山手線で恵比寿につくが、出口を間違えた。渋谷に近い方を選んだから堪らない。十分も急坂を上る破目になり、映画館では、長い宣伝が終わって本命が始める頃には、美空ひばりの演歌ではないが、「目を閉じてなにも見えず♪…」という有様だから情けない。千五百円も払って、小一時間も昼寝しただろうか。
 映画が終わり、暗闇から解放されて、薄曇りの空のもと、スマホならぬ黒い手帳に収まったこの先一週間の予定を探るが、上手く読めない。性格に似て癖が強い字は、傘寿を過ぎて益々混迷を極め、読めないのである。
 よれよれで帰宅して、パソコンに向かう。昔働いた航空会社のOB向けサイトで、秋に予定する旅行のお得意情報も求めるためだ。ところが、いつのまにか、ログインの仕方が変更になり、新しいパスワードを求められた。なにかと複雑で入れない。やむなく電話で教わりながら、十五分ほど要して解決。またパスワードが増えた。
 風呂を浴び、涼しくなったので、鼻水の処理のため、新しいハンカチを取り出す。最近は、外出時これを忘れて、駅で求める機会が増えたが、若者向けが多いため、筆者の持ち物にもピンク系とか若向けのが増えた。古色蒼然組は控え目だ。
 あれやこれや、平均寿命を超えた81歳である、賞味期限切れなのだろうと、隠居はつぶやいている。

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