オペラ『アイーダ』-ゼッフィレッリ演出によるスペクタクル
先日新国立劇場でゼッフィレッリ演出のオペラ『アイーダ』を観た。
この劇場での『アイーダ』の初演は1998年1月。日本に初めてオペラ専用劇場が落成してから3番目に取り上げられ、実質的に劇場の杮落しといわれた。劇場側はこのオペラ公演に威信をかけ、膨大な予算を組んで高名なゼッフィレッリに演出を委嘱した、と聞き及んだ。彼は期待に応え、美術・衣装にも取り組み、一大スペクタクルを実現させた。
以後『アイーダ』は5年置きに取り上げられ、その度に5,6日演奏されてきた。今回観たのは5回目の公演の一日。上演される毎に1回は観に行っており、通算して6回観たことになる。そんななかで初日の舞台は深く脳裡に刻まれている。チケットを何とか入手し、電車の運行が覚束ない雪の日、期待に胸を膨らませて初めて新国立劇場に向かった。舞台は前評判通り絢爛豪華、圧倒的だった。有名な第二幕「凱旋の場」では、高座に当時の衣装をまとう国王と王妃が座す豪華なセットを中心として演者が溢れ、トランペットが鳴り響き、馬が2頭登場した。歌手陣もよく、バレーも演じられるグランド・オペラを満喫した。
全ての場面が素晴らしいなかで、特に印象に残った二つの場についてここに記しておきたい。
一つは第一幕第2場、エジプトの神々や象形文字が彫られている太い柱が数本立つ神殿内部。フター神の前で香が焚かれ、巫女が踊り、祭司群が祈祷する。そこにオリエンタルな音楽が流れる。国王がラダメスを将軍に任じ、祭司長が彼に聖剣を渡す。重厚な合唱が加わり、荘厳な戦勝祈願の場となる。敵軍の捕虜アイーダによる長大なアリア「勝ちて帰れ」がこの場を締めくくる。
もう一つは第四幕第1場、王宮の広間。舞台正面に昔の王の巨大な石像が置かれ、独特の装飾が施された数本の太い石柱が立ち、それらを灯が照らす。古代エジプトはこうだったのだろうか。ここでラダメスが軍事機密を漏らした廉で祭司による裁判にかけられる。王妃アムネリスが彼を救おうと必死に訴えるものの、聞き入れられずに死刑(地下牢へ閉じ込め)の判決が下される。祭司長のバスが響き渡る。アムネリス悲歎の声が隅々まで拡がる。
このオペラでは、いつもアムネリス役が注目される。メッゾソプラノの声域で気品と威厳を保ちつつ片思いに狂う女心を歌う。今回を含め、これまでに素晴らしい歌手に当たった。最終場面で、地下牢に閉じ込められたラダメスはアイーダ(前もってここに入っていた)の先導で「さらば大地よ、涙の谷よ……」と歌う。地上でアムネリスは、アイーダが一緒に居ることを知らず、ラダメスのために祈る。「あなたに平安がありますように、心鎮めしイシスの神よ―あなたに天が開く、安らかに、安らかに」休憩時間を含め4時間に及ぶオペラは静かに幕を閉じる。
近年のオペラは経費節減のせいか、粗末でしかも難解な演出が多い。また、時代や場所の置き換えもしばしば行われるが、今までに成功した舞台を見たことがない。そんな風潮の中、今回もゼッフィレッリ演出による豪華絢爛たるグランド・オペラ『アイーダ』を堪能した。