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エッセイ・コラム

空き家のこと

西川 武彦

 春先、四国は今治市の刑務所施設から、受刑者が脱走する事件が発生した。
 犯人が潜んだのは瀬戸内海の向島。周囲28㎞の長閑な島である。ところが、人口2万人余りの小さな島には、空き家が1000軒あって、その一つの屋根裏に潜んだ27歳の青年は、900名の警察官を繰り出したにもかかわらず、十日余り逃げ延びた。冷たい海を泳いで本土に渡った挙句、お縄になったのだが、過疎化を背景にした怖しくも間が抜けた話ではある。

 国の統計では、日本の人口は、2010年の1.28百万人を境に既に漸減を始めており、今どきの若者の生き方を見れば、出生率の大幅改善は望めないから、今世紀半ばには9千万を割ると予想されている。その40%は65歳以上の高齢者である。75歳を過ぎた後期高齢者も多い。彼らは漸次欠けて、マンション・アパートを含めて、住居の多くは空き家に転じる。東京五輪の2020年には、全国の空き家は1000万軒に上るといわれるから、おぞましいではないか。
 かくして日本は老人の国となり、すべてがゆったりとしている。動きが緩慢なわが国に替わり、ASEAN諸国の多くは、若い人が躍動し、都市化が進行、往年のジャパンを髣髴させる勢いである。
 高度成長期の日本は、人口増加、全国一律的都市化、それに伴う住宅やオフィス、商業施設などを大量に供給、地方と都会を結ぶ社会インフラを整備することで、国土の均等的な発展を政策的に促してきた。それが今では、多くは限界集落になり、やがて消滅集落に…。
 豊かだからといって、思考停止して、問題をひたすら先送りしているのが今の日本で、政府・官僚もしかり、国全体が認知症になっていると言えるかもしれない。自慢の「ものづくり」は、アジア諸国へ移り、国内の農林水産業、小売業、建設業も、外国人労働者なくしては立ち行かない。根本的解決には、国土の再編等々、日本の骨組みを変えねばなるまい。

 最近、これらの諸問題を網羅した新書を読んだ。題して、「空き家問題―1000万戸の衝撃」(牧野知弘著・祥伝社)。これを読めば、空しい国会討論や質疑でもやもやした気分が、少しは晴れるかもしれない。
 企業OBペンクラブは、来年終わる平成が始まった年に、「世の中にもの申したい」民間企業のサラリーマンOBが中心になって設立された。その後、OGも加わり、活動の幅も拡がったが、初心忘れるべからず、を大事に発信したいものだ、と傘寿を過ぎたご隠居は呟いている。

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