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エッセイ・コラム

ローマの教会巡り

松浦 俊博

 ここ数年、正月休みは家内に連れられてローマで過ごす。テルミニ駅近くの簡素だが居心地のいいホテルが定宿である。元旦の朝バチカンに行き、10時から教会で新年のミサに参列させてもらい、12時から広場で教皇の新年のスピーチを聞くことにしている。その他の時間はよく教会巡りをする。
 ローマの中心地域には教会が密集しており教会巡りに適している。京都で寺巡りをするのと似ているが、教会の入場料は無料である。歩き疲れたら教会の席に座って休憩する。まことに高齢者向きの過ごし方だと思う。たまにミサの時間に訪れると、後ろのほうに立って神父の静かな説法を聞かせてもらう。キリスト教徒でもなく言葉もわからないが、落ち着いた心地良い気分になる。

 ローマの教会を飾る美術品には圧倒される。聖ピエトロなどの四大聖堂は建物そのものが芸術作品だし、内部の彫刻や絵画もそれに勝るとも劣らない。これらの美術品に共通するのは、特に絵画では生々しい表情は抑えられていることである。中世の聖母子の絵にはロシアなど東方正教に見られるイコンのような無表情な板絵風のものが多い。しかし、ルネサンス期以降、画家は人間の表情をそのまま表現するようになった。ラファエッロの聖母子画にも、下目使いで無表情のものもあるが、正面をまっすぐに見て生気溢れるものもある。後者は主に美術館や宮殿に展示されており、教会にはあまり置かれていない。このような美人と視線があったら、心静かに祈る気持ちがざわめくことだろう。
 落ち着いた美術品だけが飾られている教会ばかりではない。聖マリア デッラ ヴィットリア教会は美術館そのものだ。壁から天井まで、天国の情景の絵や天使たちの彫刻で隙間なく埋まっている。礼拝堂にあるベルニーニの「聖テレーザの法悦」は圧巻だ。天使がテレーザに矢を突き刺そうとしている場面で、天使はニヤリとし、テレーザはうっとりした表情で受け入れる。このような生々しい表現は心を揺さぶるので祈りの場にはしっくりこないように思う。ただ、刺激の強い美術品で教会を飾れば人を集める効果はあるかもしれない。

 いずれにせよ教会巡りで素晴らしい美術品に接することができるのはありがたいことだ。

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