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エッセイ・コラム

英国の国歌

松浦 俊博

 40年ほど前に会社のI先輩の計らいで英国ケンブリッジ大に留学させていただいたのがきっかけで、その国歌に親しみを持った。英国には国歌あるいは愛国歌としてよく歌われるものがいくつもあり羨ましい。

『神よ女王を守り給え(God Save the Queen)』は英連邦王国の公式な国歌である。曲は16世紀ころから歌われていたものを1745年にアーンが編曲したといわれ、作詞は不明。当時、イングランドはスコットランドから攻められてロンドンも脅かされていた中で、君主と国家の安寧を神に祈念するために作られたそうだ。6番には「反逆せしスコットランド人を破らしめむ」とあるので、通常は無難な1番だけを歌う。ただし、当然ながら女王はこの歌を聴くだけで自分では歌わない。これと同時期に作られた愛唱歌が『ルール・ブリタニア(Rule, Britannia!)』であり、トムソンの詞にアーンが曲をつけたものだ。子供向けのかわいい替え歌もあり、広く親しまれている歌である。「イギリスが世界を支配するであろう。断じて奴隷にはならない」と歌い上げ、明るい曲で元気が出る。

『希望と栄光の国(Land of Hope and Glory)』は1902年のエドワード7世の戴冠式で使われた歌で、エルガーの洗練された曲にベンソンが詞をつけたものである。英国の第2国歌として扱われ、国威発揚の歌に仕上がっている。「いっそう広大に汝の土地はなるべし」の歌詞にもあるように、「世界に英国の支配を拡大させる」というセシル・ローズの生臭い野望も現れる。

『我は汝に誓う、我が祖国よ(I Vow to Thee, My Country)』は英国の愛国歌または国教会の聖歌として歌われている。外交官だったスプリング・ライスが第一次世界大戦のさなかに作った詞にホルストの組曲の一曲「木星」の中間部の旋律が付けられ1918年に発表された。11月11日のリメンブランス・デーで戦没者追悼の歌としてアルバートホールで歌われる。この歌は女王も歌う。曲は静かで明るいが、歌詞の前半は究極の犠牲をも不屈のものにする祖国愛を賛美しとても重苦しい。後半は天上の王国を讃える平穏な内容でほっとする。
 これらの歌とは異なり純粋に美しい歌がある。『エルサレム(Jerusalem)』だ。毎年夏にアルバートホールで開催される「BBCプロムス」で、2つの国歌と共に必ず演奏される。18世紀のブレイクの詩に、1916年にパリーが曲をつけた合唱曲だ。第1次世界大戦中、愛国心高揚の目的で作られたらしい。しかし、ブレイクの詞は権威や権力に屈することのない自由な精神活動を宣言するものであり、パリーの曲も長閑で美しい。「And did those feet in ancient time. Walk upon England's mountains green」、こんなきれいな言葉で始まる。英国の心地よい緑の大地に楽園を建設するのだという意気込みが感じられる。この歌が広く愛唱されている理由はよくわかる。私も音痴でなければ歌いたい歌だ。

 戦争の行進曲や神への祈りを国歌にする国は多いが、英国のようにいくつもの国歌を皆で歌う国は珍しいのではないだろうか。まったく羨ましい。

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