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エッセイ・コラム

密教化するインド仏教 1.密教とは何か

斉藤 征雄

 4世紀前半、北インドにグプタ朝が成立してインドを統一した。グプタ朝は、カースト制を重視し、宗教はヒンズー教を保護した。ヒンズー教はカースト制を積極的に認めるのである。そのためこれ以降インド社会では、ヒンズー教が圧倒的に優勢になっていった。
 逆に仏教は、急速に衰退の道をたどる。ヒンズー教に圧迫されたこともあるが、仏教出家者が、寺院の中で瞑想と難解な教義の研究に明け暮れて民衆の意識と乖離したことも原因だった。
 それを打開するため、民衆に近づこうとして取り入れたのが呪術的要素であり、それによる願望成就や災害予防などの現世利益である。その結果生まれたのが密教であった。

 密教は秘密仏教の略である。何が秘密なのだろうか。
 仏教が、ブッダの悟りを原点にすることは言うまでもない。悟るとは、ブッダの悟りの直接体験を追体験することである。しかしブッダの悟りの体験は言葉を超えた世界なので、これを言葉で表現することは極めて難しい。
 一方で、仏教はブッダの言葉として多くの経典を持つ。密教では、それは凡夫の宗教的素質に合わせて凡夫でも理解できるように書かれたものなので絶対的真理ではないという。密教では、言葉で書かれた仏典つまり一般の仏教を顕教と言い、絶対的真理=悟りの世界は、言葉では表現できないので、それを密教というのである。
 言葉で表現できないその世界を密教は、大日如来という仏の姿で象徴する。すなわち大日如来こそがこの宇宙のすべての源であり、すべての存在や現象は大日如来が顕現したものととらえる。したがって密教においては、大日如来が教主であり大日如来が悟りそのものの世界である。ブッダは悟りの体験者ではあるが、絶対的存在ではないとするのである。

密教は時系列的に三つの段階に分けられる。

【初期密教】
4~5世紀 呪術を積極的に取り込み、陀羅尼や真言の読誦が中心。雑密とも呼ばれる。(陀羅尼は比較的長い呪句、真言は比較的短い呪句を言う)
【中期密教】
7世紀頃 「大日経」や「金剛頂経」が成立して体系化された密教。純密とも呼ばれる。中国を通じて日本にも伝えられた(空海の真言宗)。
【後期密教】
8世紀以降 性のエネルギーを瞑想に利用。タントラ仏教とも呼ばれる。
チベットに伝わりチベット仏教となる。

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