ウグイス ~功徳を積む~
熱海は湯の街、海の街だが、山の街でもある。十国峠からつづく山並みが駈け降りて谷となり、あるいは尾根となって、起伏の多い街並みを作る。そんな熱海の街並みにはあちこちに緑濃い木立が茂っていて、多くの野鳥が棲みつき互いに鳴き声を競っている。
わが家に隣接するそんな木立にも、梅の咲くころになるとウグイスがやって来て、毎日朝早くから夕闇が迫るころまでその鳴き声を聴かせている。
春先に鳴く声は「ケッケッ! ケキョッ ケキョッ!」とまだ幼く、また忙しない。お世辞にも「いい声だ」とはいえない。だが、春も終わりに近くなるとだいぶ上達して、「ホ~オ ホケキョッ! ケキョッ ケキョッ!」と自信たっぷりな声を披露するようになる。
そして夏。梅雨が明けて海が濃紺に染まるころ、ウグイスの鳴き声はもっとも艷やかになる。鳴き声にはいろいろな装飾音が加わって、「ホ~~オ ホオ~~ ケキョッ! ホ~~オ ケキョッ!」と長く尾を引くようになる。その声はときにはどこまで息がつづくのかとハラハラするほど長く、こちらの息がつまるころようやく「ケキョッ!」と締めくくる。そんな華麗な鳴き声に聴きほれていると、「もう一度聴かせようか?」とばかりアンコールまでしてくれたりもする。
しかし、このほれぼれとした長鳴きが聴かれるようになると、ウグイスの独演会はもう終わりに近い。夏の暑さを避けて、山の高みに移って行くからだ。
先日「なんでも読もう会」で折口信夫の「死者の書」を読んだが、そこでは糸を紡ぐ女たちが「ウグイスは、あれで法華経々々々と鳴くのじゃてー」と語りあう。
「ほう、そんな風に鳴くのか?」と気を入れて聴いてみると、たしかにウグイスは「ホケキョウ! ほけきょう! 法華経!」と連呼している。
今昔物語には、法華経を数多く読誦して仏果を得た行者の話がいくつも載っている。ウグイスもまた、先の世で積めなかった功徳を生まれ変わったこの世で少しでも多く積みたいと、法華の行者として一生懸命修行しているのかもしれない。
まもなくウグイスが山に去る時期が来る。残り少なくなった時間を惜しむかのように、今日もまたウグイスは大声を張り上げて、朝早くから鳴き声を張り上げている。