大波小波くるっと回ってにゃんこの目
それは駅前の小さな焼肉屋から始まった。大衆的な店が幅を利かす我が町でA5ランクの霜降り肉を出しても勝負できまいと思いきや、意外にも繁盛しているのだ。町が少し変わり始めたらしい。
これまでは、品川から15分とはいえ、私鉄沿線・各駅停車の町は「ダサイ」の一言に尽きた。羽田空港の再拡張と国際空港化にあわせて、京浜急行は羽田と成田という両空港へのアクセス強化に注力してきた。品川~蒲田間の高架化によって我が町から踏切が消えたのはほんの数年前のことである。人口が急増し、乗客も膨れ上がって早朝の駅はホームから人が落ちそうな混雑ぶり。こうしたことが町を急変させた最大の要因なのだろう。焼肉屋の次に登場したのは、都心で近頃人気の手羽先専門店だ。陰気なゲイがやっていた駅前薬局や、老夫婦が細々と続けていた文具店が消えて、テナントビルに変身した。駅周辺はこざっぱりと整備されて、新しい店舗が続々と進出し始める。商店街では古ぼけた信用組合の建物が取り壊され、色褪せたスーパーマーケットも撤退した。跡地にはマンションが建ち並び、スーパーやスポーツジムも併設されている。あるTV番組で某芸能人がこのマンションへの入居を検討中だと言っていた。再開発の波が「脱・田舎町」を運んでくる。
バス通りでは歩道が広げられ、終戦直後から威容を誇っていたハワイ生まれのリネンサプライ会社の大工場が姿を消して、複合商業施設に生まれ変わった。様々なショップやレストラン、スーパーマーケットや総菜店、歯医者や小児クリニックなど、40店ほどが参入している。一体どこからこんな人波が湧き出たのかと驚くばかりの盛況ぶりである。
だが、その真向かいのスーパーマーケットだって開店数年目にすぎない。ようやく軌道に乗って繁盛しだしたというのに、鼻先で新ライバルがキラキラするものだから、瞬く間に閑古鳥が鳴き始めた。
そんなこんなでご近所の八百屋も魚屋も今や青息吐息。客足が遠のけば自ずから鮮度も落ち、心なしか照明も落ち目、どう見ても坂を転がり落ちつつある。住民としては、再開発によって利便性が増すし、良いものを安く入手できるからありがたい面もあるのだが、きっちり整い過ぎてゆとり感が失われたような気がしてならない。
レトロな街並み、謎めいた廃墟、雑草が高く生い茂る空き地、追いかけっこの野良猫たち、そんな景色が戻ってくることはもう永久にないだろう。