作品の閲覧

エッセイ・コラム

クリスマスシーズンの北ドイツにて

藤原 道夫

 ある年の12月中旬、一週間ほどキールに滞在する機会があった。毎朝ホテルから大学に直行し、日中は研究室ですごしていたので街の中は見ていない。尤も軍港の街として知ってはいたが特に興味を持つところもなかった。研究室以外で経験したのは、二つの家庭に招待されたこと。いたって地味なすごしかたで、ほとんど印象に残っていない。ただうまいとも思えない黒っぽいライ麦パンが、この土地の人々には欠かせないことを知った。クリスマスの飾りつけも地味で、玄関のリースと室内の小振りのツリーが目立つくらい。
 たまたまランチに外出した際に、霧につつまれたようなオレンジ色の太陽が低い位置で心もとなげな光を放っているのをみかけた。時折パラパラ雨が降ってきた。この時季にはそんな天候がつづくとか。

 帰国する前々日に、北ドイツの中心都市ハンブルクに移った。ハンザ同盟盛期の遺構をみておきたかったし、近くのリューベックも訪ねてみたかった。
 ハンブルクの旧市街を見物していると、大きな教会にぶつかった。その日の夕べにそこでクリスマス・オラトリオ(J.S.バッハ)の演奏会があることを知った。ためらうことなくチケットを求める。教会での演奏会は初めて、どのような演奏が聴けるのか興味深かった。
 聴衆は通常のミサがおこなわれる時と同じように着席して待つ。祭壇のある後陣の方を向くことになる。紙一枚のプログラムに、E.マティス、P.シュライヤーの名をみつけ。二人は日本でもオペラや歌曲のファンにはよく知られた歌手だ。定刻に4人が左手の二階に現れた。拍手もなくオラトリオが始まる。オーケストラと合唱団は前陣の二階らしく、後方の上でみえない。オラトリオは音楽として面白味を感じなかったが、天井の高い広い堂内に歌声が朗々と響き、天から降り注いでくるかのように耳に届くところを楽しんだ。特にソプラノとアルトの声が神々しい響きを放っていた。これが教会での演奏なのだ。終った後にも拍手がなかった。聴衆は三々五々帰路に。

 次の日にリューベックを訪ねた。ここはハンザ同盟の都市でもあるし、T.マンの生家があることでも知られている。街への入り口にあたるホルステン門をくぐって中心部へ。マンの短編に出てくるトニオ・クレーゲルが歩く姿にぶつかることを夢見る。古い市庁舎を見てから一休みする積りで大きな教会に入った。ミサの最中で、しばらくじっと聞いていた。といっても何もわからない、ただ大音量のパイプオルガンの響きのみ耳にのこる。ミサが終わると隣同士で挨拶が始まった。話しかけられたがどう対応してよいかわからない。隣人もさぞかし戸惑ったことだろう。

 土地の習慣を知らずにクリスマスシーズンの北ドイツを訪れて出会ったこと。思いおこすと旅のもたらしてくれた貴重な体験だった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧