総角(あげまき)
源氏物語の宇治十帖に「総角」の卷がある。「あげまき」と読む。美しくてなかなか解けない結び方の名称だという。
その由来は、百科事典によると『総角という、少年の髪形で、中国文化の影響を受け、髪を左右二つに束ねたものである。万葉集には角髪(つのがみ)と記され、十七、八歳になると結われるものとされていた』とあった。
宇治十帖の「総角」は、主人公の薫中納言が宇治の大君(おおいいみ)に贈った歌、
〝あげまきに 長き契りを結びこめ 同じ所によりもあはなむ〟
(総角の結び糸が同じ所で出会い固く結ばれるように、永遠の誓いをこめてあなたといつも一緒にいたいものです)による。
宇治十帖は光源氏が亡くなった後の話である。
源氏が晩年に正妻として迎えた女三宮の子、薫は、自分の出生に関する悩みで苦しんでいる時、都の阿闍梨から宇治に住む道心深い八宮を紹介される。薫は運命の糸に引き寄せられるように八宮に惹かれ宇治に通い、三年の月日が経った。ある夜、八宮が山にこもっているとは知らず、訪ねると、見事な音いろが聞こえる。宿直人に案内されて垣間見ると美しい姫君が二人で箏と琵琶を合奏しながら、にこやかに談笑している。二人の会話や振舞は愛らしく優しさに溢れ、しゃれていた。
八宮は、天皇になりそこなった皇族で、裕福な妻には二人の娘を残して先立たれ貧しい暮らしをしていた。薫はこの三年の間八宮の後見人となり何かと援助をしているものの姫君には全く関心がなかった。だが都から遠く離れた宇治で男親に育てられた姫たちが思いがけなく気品高く優雅だったことに驚いた。
薫は自分が来ていることを供の者に伝えさせる。
姫君たちはたしなみ深く育てられていたので、箏や琵琶の音を聞かれたことを恥じた。姿まで見られたとは思わなかったが、もっと用心をするべきだったと……。
薫はお姉さんの大君に親しいお付き合いを誘うが、急なことで大君は戸惑う。
運命の糸に引き寄せられるように宇治に通っていた薫は、大君の側に仕えている年を取った女房から、自分の出生の経緯を知ることが出来た。薫は源氏の子供ではなく、母女三宮に憧れて女房に手引きをさせた柏木の子供だった。本当の親の供養が出来る。薫は悩んでいた胸のつかえが下りた。
やがて八宮は病に侵され、薫に姫たちのこれからのことを託して亡くなってしまう。繊細で生真面目な薫は、都から遠く離れた宇治に通いながら、あらゆることに気を配って援助を惜しまず、誠実に大君を口説くが受け入れられない。八宮が誇り高く教育したので、都の人に気を許すと、やがて顧みられなくなり、惨めな思いをしなければならないと思うのだった。
読んでいる私は、薫がいなければ生活が成り立たない程困窮しているのに……。薫は非の打ち所がない人なのに……と、歯痒い。
だが大君は、経済的に援助をしてくれる人が、当然のように言い寄って来るのが嫌だったのだろうとも思う。
「総角」が詠まれた時、八宮の姫君たちは一年忌の法要が近づいたのでお経の飾りの糸を総角結びに編んでいた。
歌を詠みかけられて大君は、受け入れられない、という意味の歌を返す。それでも薫は至れり尽くせりの援助を惜しまず、なお且つ言い寄り続けるのだが、思いは届かず、〝ものの枯れゆくように〟死んで行った。
解けなかったのは大君の心だった。