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エッセイ・コラム

建国記念日

森田 晃司

 2月11日 (睦月七日) は建国記念の祭日でした。私は高幡不動尊で行われたお茶会に参加しました。日本の各地でこうした文化的な行事が催されています。一方で、建国を祝う政府主催の式典は今年も行われませんでした。  マスコミも、例年、建国については沈黙を守ったままで、日本は建国を祝わぬ珍しい国です。
 日本の最古の歴史書とされる「古事記」や「日本書紀」には、大八洲と呼ばれる国土の誕生、神々の出現、神武東征などを中心に大和朝廷の成立までの歴史が語られています。更に、「日本書紀」には、初代の天皇である神武天皇の即位の日が記録されており、この記述を基に明治政府は、即位の年と日付を特定し、紀元前660年を皇紀元年、2月11日を紀元節と定めて祝うこととしました。因みに、有名な“零戦”は皇紀2600年(昭和15年)に完成した戦闘機であり、今年は皇紀2679年に当たります。
 大東亜戦争の終戦後は、紀元節は軍国主義を想起させるとされ、いったん廃止されましたが、昭和41年に建国記念の日と名を改めて復活しました。しかし、連合国への忖度か、国家を挙げて祝うことは遠慮し続けてきました。
 日本列島には、16500年前の品と推定される世界最古の土器や漆器が出土する縄文文化が長く存在しました。記紀にその成立が記載されている大和朝廷の誕生は2-3世紀ごろと推定されますが、記紀と同じころに編纂された「常陸国風土記」には、ひだかみ国 (日高見国)があったとの記載がり、東北・関東を中心に大和朝廷に先立つ国があったとの有力な説も出てきております。
 ひだかみとは、太陽が高く輝く東端の国であり、日の出ずる国、日本につながる古代からの発想です。
 日本の探査機はやぶさ2が、数億キロも離れた“りゅうぐう”への着陸に成功しました。広い宇宙で直径約900メーターの小惑星に接近するだけでも大変ですが、着陸と云う離れ業までやってのけるとは、ただただ驚くばかりです。とにもかくにも大変な快挙であることは間違いなさそうです。
 科学技術の進歩により、未来へ向けての新しい発見と共に、古代の歴史も一層深く古いことが明らかになって行きます。
 世界最古とも思われる縄文文化を持つ日本の国の成り立ちは浪漫が溢れています。その浪漫の詳細が科学の力で解き明かされていくことでしょう。日本の古代への旅は果てることなく続くとして、日本国民が、屈託なく自らの国の起源を祝い、見つめ直す日々は、早々に戻って来てほしいものです。

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