春爛漫 ――春の思い出――
春が近い。
綻び始めた桜の花の蕾のせいで、まるで薄桃色の靄がかかっているように見える。これから日一日と花開き、やがて満開となって恒例の花見の季節が訪れる。
一年中で一番美しい、日本ならではの風景である。
この時期、愛犬を連れて散歩に出かけると、愛犬風太の口からも「ほぉ~」と小さなため息が漏れる。
(いや、ウソじゃないから……)
そして、花見といえばお酒。それも私的には日本酒が一番――だと思う。なので、そこは抜かりなく、仲の良い友だちに「桜が咲いたら美味しい日本酒を飲みに行こうね!」と、すでに約束を取りつけてある。
ちなみに巷では、華やかに着飾った袴姿の娘さんたちの姿がちらほら見うけられる。春は、卒業式に入学式など、様々な式典がてんこもりの季節でもあるのだ。
私事で恐縮だが、今年は長女の次男にあたる健太(仮名)くんが小学校に入学する。健太君は私にとって二番目の孫である。二年前、お兄ちゃんの優太(仮名)くんの入学式の日、私はまだ小さかった健太くんの子守りを娘から仰せつかった。あれから、はや二年。ほーんと二年なんて、あっという間に過ぎてしまうんだなあと感慨深い。
二年前のあの日。
ピッカピカの新一年生になる優太くんは、スーツを着込んだパパとママに挟まれて颯爽と出かけていった。あとに残された私の任務は、健太くんとのお留守番。
(さてと、今日は何して遊ぼうかな?)
弟の健太くんと二人きりで遊ぶ機会なんてそうそうないから、ちょっとテンションも高くなる。本を読んだり、怪獣ごっこをしたりと大サービス。なんか意外に盛り上がって、時間が経つのも忘れてきゃあきゃあ楽しく遊んでいると、「ただいまぁ!」と元気な声がして、優太くんがリビングに飛び込んできた。
「あれっ、早かったねぇ」
と笑顔で振り向いた私は、続いて優太くんの後ろから現れた娘の顔を見て「ゲゲッ」とたじろいだ。
(なっ、何! もしかして、なんか怒ってる?)
娘の頭のてっぺんからはカッカと湯気があがっていて、まさに鬼の形相である。
(なんでよぉー? 怒られるようなこと何もしてないじゃん!)
一応、殊勝に胸に手を当てて反省するフリ。だけど、特に思い当ることもない。
(まあ、誰もいないと思って悪ノリしすぎたかも……)
散らかった部屋をチラリと横目で見やる。そんな私の様子を上から仁王のように見おろしながら、おもむろに娘が口を開いた。
「あのね、ママ。優太が、家でお留守番してるおばあちゃんにお土産を買って帰りたいって言うからさ、私たち帰りにスーパーに寄ったわけ」
(へぇー。優太ってば気が利くじゃないの!)
能天気に目尻を下げかけていた私に、娘がとどめの一撃を――。
「そしたら、優太ってばどうしたと思う? お酒のコーナーにまっしぐらに走っていって、カップ酒の前で『おばあちゃん、これ一番喜ぶんじゃない?』って大きな声で叫ぶじゃないの! みんなが見てる前で。もぉ、恥ずかしいったらありゃしない!」
(ひぇ~!)
娘の背後で婿殿が、くっくっと必死に笑いを噛み殺している。
そういえば、以前、優太を連れて買い物に行ったとき、五百ミリリットルの日本酒をかごに入れようとしたら、
「おばあちゃん、こっちのちいちゃいのでいいんじゃない?」
ってたしなめられたことがあったっけ。子どもって良く見てるんだ。
(う~む。侮れない)
結局、その日に娘と婿が買ってきてくれたお土産は、すこぶる健全なドーナツ各種で、みんなで美味しく食べて、私は反省しつつ帰途についたのでした。