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エッセイ・コラム

ロングステイの効用

西川 武彦

 わが国で生まれた旅行用語に、「ロングステイ」というのがある。短期間のパック旅行がお好きな日本の皆さんに、団体でなく、個人ベースで海外に長期間滞在して、生活を楽しんでもらおうということを趣旨に、わが国で誕生した旅の形である。高度成長時代の産物の一つに挙げられるかもしれない。
 筆者も、出張とは別に、数回はLONGSTAYしたが、いかがわしいことがなかったとはいえないから、“WRONGSTAY”かも……。

 半世紀以上も前、東京五輪の頃に海外渡航が自由化されると、まずパック旅行が誕生した。ガイド付きの団体旅行だ。海外旅行推進のための施策としては、この他に、旅費の分割払い、現金でなくカードでの支払い、国外各社との連携を含め、現存する各種方策は、ほとんどがその時代に生まれたといってよかろう。
 当時は半官半民だった航空会社が開発したもので、英語が出来るというのが理由だったろうか、20代後半の筆者は、その担当部署に配属されていた。

 高度成長の波に乗り、外貨の持ち出しが緩和されると、パック旅行は全盛期を迎えた。期間も一週間から徐々に長期化して、種類も増えた。そして、今から25年ほど前に生まれたのがロングステイである。海外の同じ地域で、二週間以上滞在する旅を称して日本ではこう呼ばれている。
 還暦が近づき、航空会社から機内誌などをつくる関連会社に移った筆者は、営業努力が実ってか、タイミングもよかったのか、当時の経産省が絡んで立ち上がったロングステイ財団の季刊誌の編集制作に関わった。それが少しはお役に立ったのかもしれないと振り返って自負しているが、日本人の海外旅行者数は、今では年間1700万を超え、二週間以上ロングステイする人は、150万人を超えるに至った。
 サラリーマンを「卒業」して年金生活に入ったあとも、長い間お手伝いしてきたが、聴力・視力の衰えは隠せなくなったため、82歳を迎えるのを機に、2019年3月31日をもって役職を降り、完全に引退した。これで全ての肩書が名刺から消えた。さっぱりしたとはいえ、なぜか感無量になって、それを理由に、その夜は痛飲した。

 機内誌やLONGSTAY誌の編集制作に関わったことで、各界の著名人と交わる機会にも恵まれ、皆様からなにかとご教示を賜りながら、現役時代にマスターしたワープロを恋人として、自ら原稿も綴るようになった。
 その後、現役時代の同僚が所属する企業OBペンクラブに入り、今では余生の楽しみの大切な一つとして、エッセイや掌編小説を綴り、川柳を詠んで楽しんでいる。人のご縁を大切にせねば、とご隠居はよろめきながら呟いている。(完)

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