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エッセイ・コラム

九十一歳の「山寺」詣で

池田 隆

 平成最後の四月、昨秋に続きS翁(91)、М兄(81)、小生(80)の三人は「奥の細道」歩きを再開した。山形駅で仙山線に乗り換えると、「左手のお城の桜が満開ですので徐行します。車窓をお楽しみください」との車内アナウンスがあり、やがて山寺駅に到着。宝珠山が眼前に聳え、奇岩と樹々の間に立石寺の諸堂が見え隠れする。

 目指す奥の院までは千段余の石段を登らなければならない。この冬、S翁は腰や足などの痛みに悩まされ、全く自信がないとのこと。「お二人で先に行ってください。私は登れる所まで行って、そこで待っていますから」という。

 先ずは揃って登山口正面の根本中堂へ、五色の垂れ幕をくぐり参拝する。堂前から横に延びる参道に沿い、芭蕉・曽良の像と句碑、日枝神社、念仏堂、鐘楼などを横目に見ながら山門まで来る。ここより本格的な石段が始まる。「最低限、此処までは来たかった」とは彼の言。

 私には十五年前に友人を尻目にこの石段を一気に登った記憶がある。しかし今は地下鉄の五十段ほどの階段に息を切らす始末、やはり脚力に不安感を覚えている。歩行禅で会得した五呼一吸のリズムと膝上げ歩行モードを意識しつつ、一段一段をゆっくり上る。

 ふり返るとМ兄の前をS翁も黙々と登って来る。つづら折りの石段の途中には、力蒟蒻を売る茶店、芭蕉の名句に因む「せみ塚」、仁王門、摩崖仏、最上義光の墓碑などがあり、疲労感を忘れさせてくれる。

 ついに三人揃って奥の院へ到着、三十七分で千段を登りきった。S翁の嬉しそうな顔、先ほどまでの心配顔が嘘のようである。これも御仏の効験であろう、十年後の私も肖りたいものだ。帰りは達成感に浸り、百丈岩の上に建つ五大堂から、雪を冠る周囲の山々や桜が咲き誇る眼下の谷を眺め、晴れ晴れとした凱旋気分で下山する。

 元気づいた三人はさらに天童温泉まで、果樹園地帯を抜ける十キロの道程を勇んで歩き出す。新緑のなかの桜やコブシなどの花々も我々を褒め称えていた。

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